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社説・コラム

天風録 「最後の映画」

 とある部隊に2等兵100人が召集される。くじで選ばれた60人が激戦の南方へ。残りから再びくじ引きで…。やがて玉音放送とともに命拾いする6人の中に、キネマの世界で修業を続けてきた青年がいた。広島市出身の新藤兼人さんだ▲今や99歳の最長老監督。ずっと胸に秘めていた体験の映画化を「最後の仕事」と決めた。ここまで続けられたのも犠牲となった94人のおかげ。積年の思いをシナリオで膨らませたそうだ。「一枚のハガキ」として原爆の日に封切られた▲くじ運の悪かった兵士の妻と、生き残った戦友が心通わせる筋立てだ。「あんたはどうして生きとるんだ」「戦争は終わっていない」。車椅子でメガホンを取った監督の心の声が聞こえるような数々のせりふ。娯楽大作ばかりの今、ストレートな叫びが胸を打つ▲巨匠の名を知らしめたのが「原爆の子」。被爆7年後の古里でロケを重ねた。その後も核の不条理と向き合う。ピカッと炸裂(さくれつ)する瞬間を描いたり、廃虚の街で赤ちゃんを取り上げた姉を主人公にしたり。そんな脚本も温めたままという▲都内での舞台あいさつで「皆さんとお別れです」と涙ぐんだ。ただ「また撮るんじゃないかと心のどこかで思う」とは主演の豊川悦司さんの弁だ。実現すれば記念すべき50作目となる。

(2011年8月8日朝刊掲載)

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