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社説・コラム

社説 10年目の追悼祈念館 被爆手記もっと活用を

 「原爆の日」に被爆者の肉声を聞けなかった。そんな人は平和記念公園(広島市中区)に足を運んでみてはどうだろう。国立広島原爆死没者追悼平和祈念館で、被爆者の手記を読むことができる。

 今月1日に開館10年目に入った祈念館。被爆体験記を閲読してもらうという地味な性格のためか、入館者は毎年21万人そこそこだ。同じ公園内の原爆資料館に比べて6分の1程度にとどまる。

 だが館の役割は決して小さくはない。被爆の体験、すなわち「ヒロシマの記憶」を次世代や内外へ伝え、広めることだ。

 記憶の風化が叫ばれている。祈念館も手記を単に集めて並べるだけでなく、内容を詳しく分析して被害の全体像に迫る試みがあっていい。原爆を知らない人も惨状の記憶を共有できる。そんな一段と進化した施設となってほしい。

 祈念館は国が設立し、広島平和文化センターが運営を受け持っている。死没者を悼む空間を備えた地下施設だ。収集を続ける体験記は既に13万編、原爆犠牲者の遺影は1万5千人分にこぎ着けた。

 遺品などの「物」で被害に迫る資料館に対し、祈念館は「人」に思いをはせる場といえよう。

 体験記のうち12万編は、執筆者の名前や年齢、被爆場所などの基本情報がデータベース化してある。館内で端末を操作して読みたい手記を探し、書棚から取り出して閲読できる。

 端末の画面で全文を読める手記もあるが、わずか398編にとどまる。ここは、パソコンへの全文入力を大幅に増やすよう検討してもいいのではないか。活用範囲が格段に広がるからだ。

 例えば傷ついた被爆者が発した言葉は何か、廃虚で聞いた音は、感じたにおいは―。多数の手記を横断してキーワードで検索することが可能になれば、原爆被害をさまざまな角度で分析できる。

 所蔵する手記をさらに増やす努力も欠かせまい。5年前から職員が被爆者を訪ねて体験を聞き取る執筆補助事業を始めた。ところが対象は年間10人台と少ない。もっとPRに努め、ボランティアの協力も得て広げてもらいたい。

 学校などの平和教育の場でも被爆者の話を聞く機会は減っているようだ。生徒たちが執筆補助役を担えば、まさに記憶を受け継ぐ舞台となろう。

 活字に音声や映像を組み合わせれば、思いは伝わりやすくなる。

 7年前から取り組む朗読会が好例だ。ボランティアの協力を得て修学旅行生たちに体験記を読み聞かせている。祈念館の看板事業としてすっかり定着した。被爆者証言ビデオの収録とともに、さらなる充実が課題であろう。

 廃虚の記憶は「二度と繰り返してはならない」という核兵器廃絶の訴えの原点。松井一実市長が6日の平和宣言で初めて体験記を引用した意味合いもそこにある。

 世代を超えて記憶を語り継ぐために、手記の果たす役割は計り知れない。その調査や分析に当たる人材の養成も不可欠だ。

(2011年8月8日朝刊掲載)

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