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社説・コラム

天風録 「復興の記憶」

 被爆9年後の広島には、にわか造りの家や店がひしめき合っていた。街のシンボルが次々に出来上がった年でもある。平和記念公園がそうだし、国内外の募金に支えられた世界平和記念聖堂も落成した▲同じ年、広島駅近くに鉄筋4階の公営アパートが建った。店舗やモダンな中庭付きの京橋会館である。駅に降り立つと輝く殿堂のように見えたという。最新のキッチンや水洗トイレを備えた部屋も市民憧れの的。新しい時代を肌で知る場所だったようだ▲寄る年波に勝てず近く取り壊され、跡地には21階建てのビルが建つ。お盆に市民グループが見学会を開き、1300人が詰めかけた。レトロな木製ドアに、屋上の共同洗濯場。半世紀前の暮らしが目の前に広がるようで、タイムスリップした気分になった▲きのうは終戦の日。いま東日本大震災で何十万人もの人たちがゼロから再出発を迫られる。だからこそ新しい住まいのスタイルが市民に希望を与えたころに思いをはせる。そんな人が多いのかもしれない▲国名勝となった平和公園は丹下健三、重要文化財に指定された記念聖堂は村野藤吾と名だたる建築家が手掛けた。片や京橋会館は誰の設計かも分からない。暮らしの復興をリードした生き証人は、市民の記憶の中だけに光をとどめる。

(2011年8月16日朝刊掲載)

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