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社説・コラム

コラム 視点「戦争の歴史見据え、市民交流通じて日中の信頼関係構築を」

■センター長 田城 明

 手元に届いたばかりの冊子に、こんな言葉があった。「私たちはなお、今も論争を呼ぶ過去のたくさんの問題が存在することを否定できません。歴史的な理由から多くの中国人は日本について大きな誤解をし、日本人も中国に対して同じように思います」

 北京大学歴史学部3年の陳婷婷さん(20)の日本訪問記の一節だ。陳さんは、7月初旬から1カ月間、名古屋の企業がほぼ四半世紀にわたり毎年実施しているフェローシップ計画で来日。同じフェローの米国人学生4人と一緒に広島、京都など各地を訪ね、さまざまな分野の日本人と交流を深めた。

 7月下旬、中国新聞本社で彼らと約2時間、意見を交わしたのを思い出す。ジャーナリスト志望の彼女は、特に加害の側面を含めた本紙の平和・原爆報道に深い関心を寄せた。時間の制約のために、陳さんへの説明不足のところは、日本のアジア侵略の実態を記者たちがルポした企画記事などをコピーして後から郵送した。

 「侵略国がなぜ、被害ばかりを語るのだろう」。彼女は自国のマスコミ報道などで自分の中に刷り込まれた固定観念が、原爆資料館の見学や記事を読むことで変化した、と電子メールで伝えてきた。

 訪問記ではこうも記す。「正直言って、核攻撃がどれほどむごい結果を広島にもたらしたかを知ると同時に、その広島が中国との何回かの戦争で日本の主要な軍事基地の役割を果たしことに複雑な気持ちを覚えました。平和記念公園では心が重くなっただけでなく、戦争からの解放を願う強い気持ちが起こりました」。陳さんは「大切なこと」としてさらに続ける。「今こそ日本人、米国人、中国人は新しいステージに成長することが重要です。自分たちの歴史は、自分たちでつくり出したい」と。

 尖閣諸島問題や政治体制の違いなど、一朝一夕で日中関係が改善されるわけではない。だが、経済は既に切っても切れない関係にある。

 人気グループSMAPの16日夜の北京公演は、中国の大勢の若者たちを熱狂させた。好奇心旺盛でオープンな心の持ち主の陳さんも、歌や茶道、アニメなど日本の文化に並々ならぬ興味を抱いている。彼女もまた、原爆資料館でピースボランティアを務め、同じボランティアの有志十数人を案内して中国平和交流の旅を実現させた広島大学大学院の中国人留学生、楊小平さん(30)のように、日中の新しい絆を築く若者の一人となるだろう。

 かつての過酷な戦争の歴史から目をそらすことなく、文化、経済、観光、スポーツなどを通じて人と人との交流が日中双方で深まり、信頼関係が培われるなら、陳さんがいう「新しいステージ」に到達することは不可能ではない。とりわけ、未来の歴史を中心になって築く若者たちのイニシアチブに期待したい。

(2011年9月19日朝刊掲載)

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