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社説・コラム

天風録 「ほんとの空」

 智恵子は東京に空が無いといふ、ほんとの空が見たいといふ―。高村光太郎の詩「あどけない話」の一節である。都会の暮らしの中で妻が思い描いたのは、自然を抱きしめるように広がる古里の青い空だった▲智恵子が生まれた福島県二本松市。阿武隈川が町を貫いて流れ、安達太良山はやわらかな稜線(りょうせん)を描く。例年なら稲刈りで活気づく季節のはずだが、この秋は様子が違う。コメ収穫前の予備調査で、暫定基準値ちょうどの放射性セシウムが検出された▲福島第1原発から約50キロ離れた空の下である。祈るように苗を植えた農家の胸中を思うと、やりきれない。この町で農業を営む知人も嘆いていた。今はただ、収穫後にある本調査の結果を見守るしかないと▲耕作をあきらめる人もいる。若い世帯は県外に移っていく。放射能が怖くて里山の草刈りもままならない。除染ごみをどこで保管し、汚染水をどう流すか…。「このままでは地域がバラバラになる」。電話越しの沈んだ声に、こちらの心も痛む▲消費者の顔を思い浮かべ、有機栽培に励んできた農家も多いという。「ほんとの土を返して」。まさに切実な願いだろう。作物に命を吹き込む、健康な土を。大地が本来の姿を取り戻せば、智恵子が見たかった「ほんとの空」もきっと輝く。

(2011年9月27日朝刊掲載)

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