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社説・コラム

天風録 「マータイさん」

 広島市の平和記念公園には約2千本の樹木が茂るという。カエデ、ボダイジュ、ヒマラヤスギ…。原爆の爆心直下に、70年は草木も生えない。そんな風説はどこにいったのか。緑陰のベンチに腰掛けると、癒やしが実感できる▲原爆慰霊碑近くに若い桜の木がある。ノーベル平和賞を受けたケニアの環境活動家ワンガリ・マータイさんが昨年2月に植えた。この春に早くも花を咲かせ、しなやかに枝葉が伸びている。訃報に接した今、その時に見せた人懐こい笑顔を思い出す▲木を伐採し、砂漠化が進んだアフリカの大地。豊かな緑を戻そうと30年余り前から植樹を続けてきた。労賃払いを通じて貧困の撲滅と女性の地位向上も図る運動だ。各国に広がり、植えられた木は計4千万本とも伝わる。揺るぎない信念の人でもあった▲本人のたっての希望で実現した広島訪問。被爆証言に涙を流し、植樹の際には「この桜を大量破壊兵器を手放すメッセージとしたい」と呼び掛けた。本紙にも、希望と平和の種をまこうと訴える論文を寄せてもらった▲死語になりかけていた「もったいない」を世界に広めたマータイさん。「小さなことでも大勢で続ければ、確実に世界は変わる」が持論だった。その強い思いがこれからも、あの桜の木を育てていくのだろう。

(2011年9月28日朝刊掲載)

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