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社説・コラム

『記者手帳』 「正しく怖がる」とは

■東京支社 山本洋子

 「正しく怖がることが大事だ」―。福島第1原発の事故後、いくつか訪ねた講演会で、放射線の専門家や医師は口々にこう説いた。放射能の影響を過剰に捉えるべきではない、という文脈の中で。しかし、連載「フクシマとヒロシマ」の取材を続けながら、何が正しさなのか、違和感を拭えない。

 局所的に放射線量が高い地域が点在する千葉県の小学校教諭、石井信子さん(55)も児童を前に戸惑う。「恐怖心を与え過ぎてはいけない」とあまり原発事故に触れなかった。だが調査で「事故を知らない」と答えた児童が4割に上り、言葉をなくした。「分かることはしっかり伝え、未解明のことは分からないと認めることから始めたい」

 広島市西区で被爆した畑谷由江さん(73)=東京都江戸川区=は行き過ぎた「風評」に憤る。「周囲の無理解に苦しんだ私たちの経験を繰り返してほしくない」。福島では「放射能の話は聞きたくない」と疲れ果て、耳をふさぐ人の声も聞いた。

 冒頭は、物理学者で随筆家の寺田寅彦の言。原著にはこうある。「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」。当事者の抱える「難しさ」に思いをはせる視点が求められる。

(2011年10月24日朝刊掲載)

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