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社説・コラム

天風録 「高橋昭博さん」

 「助けて」。うめく同級生を14歳の少年は置いて帰れなかった。肩を貸し、中学校から6キロ先の自宅を目指した。自身も体じゅうに大やけどを負った。熱線で服は破れ、皮膚はめくれ…▲34年後、広島市役所勤めを経て原爆資料館の7代目館長になった高橋昭博さん。体に残るケロイドを示しながら、あの日の体験を修学旅行生たちに淡々と話した。名刺にはこんな言葉を刷った。「平和の原点は人間の痛みが分かる心を持つこと」▲じかに会う、まっすぐに伝える―。そんな平和運動を目指していたに違いない。館長時代に訪米し、エノラ・ゲイの機長ポール・チベッツ氏と対面。ケロイドを目の当たりにしたチベッツ氏は、涙を浮かべたという▲オバマ米大統領には手紙を4度送った。原爆を落とした広島の地で核兵器廃絶を誓ってほしいと。ところが核超大国は臨界前核実験を繰り返す。失望を隠さず、突き放した。「来なくても結構だ」▲ガラスが刺さった人さし指から、黒ずんだ異形の爪がいつまでも生え続けた。資料館に展示され、80歳で高橋さんが旅立ったきのうも、子どもたちが懸命に見入っていた。「人間の痛み」が受け継がれていく。

(2011年11月3日朝刊掲載)

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