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社説・コラム

天風録 「帰りたい、帰れない」

 捨て置かれた田畑を囲む山々の鮮やかさが目に染みた。収穫の喜びも紅葉をめでる風流とも無縁の秋。放射能にまみれた里は人けなく静まりかえっている。福島県の浜通り地方は大震災と原発事故から8カ月を迎えた▲延期されていた県議選と双葉郡の町長、町村議選がおととい始まった。有権者は古里を追われ、役場は避難先に間借りする。「わが家を放り出し、クモの子をまき散らすごとく四方八方へ」。ある候補の出陣式の神事で流れた祝詞の通りである▲神主も福島市の仮設住宅に避難中の身だ。原発と共に歩んだ末に、「もぬけの里」となったわれらが地域。「誰が悪いのか、どこに責任があるのか、住民はどうすればいいのか」。そう畳み掛けた祝詞は選挙の争点とも重なろう▲候補は各地の避難先を回って訴える。原発事故を収束させて除染を徹底し、早く古里に帰ろう―。ただ仮設で冬を迎える人々の内心は一色でない。「帰りたいけど帰れない」と思っている人が実は多いのだ▲農地や森林まで除染できるのかという国への疑念に、子どもや若者は帰らないだろうという切ない確信。里の秋がにぎわいを取り戻す日は、かなたにかすんでいる。

(2011年11月12日朝刊掲載)

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