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社説・コラム

『潮流』 声に出せない「痛み」

■論説委員 木ノ元陽子

 放射能の心配から解放され、つかの間の休息となったようだ。福島県会津地方に住む女性(44)はこの冬休み、小学生の2人の子を連れて広島市に「プチ疎開」した。

 子どもへの健康被害が怖くてたまらないという。野菜は九州から取り寄せ、給食にも弁当を持たせている。夏のプールは見学させた。これから始まるスキーの授業も参加させるべきか迷っている。

 福島第1原発から100キロ離れた町。周りからは「気にしすぎでは」という目で見られがちだ。夫とも意見が食い違う。孤立感が、母親をさらに苦しめる。

 自分の判断は正しいか。地元食材を敬遠する申し訳なさも募る。遠い地へ移り住みたいが、家族が壊れてしまいそうで怖い。

 広島滞在はわずか10日。でも、抱えていた苦悩をさらけ出せた。「親戚のおばさんのように丸ごと受け止めてくれて」。その相手はNPO法人よもぎのアトリエ代表の室本けい子さん(58)だ。

 この母親の気持ちが、室本さんには分かる。チェルノブイリ原発事故当時、妊娠8カ月。4人目の子がおなかにいた。雨にぬれるのにもおびえ、人間が抑制できない核の恐怖を思い知らされた。

 きっと同じような思いを抱えている人がいるに違いない―。福島の人々に広島への疎開を呼び掛けた。市内の空き部屋を無償で貸してもらい、冬休みは5世帯20人を受け入れた。

 広島だからこそ、分かち合える「痛み」もあるだろう。「できることから動くしかない」と室本さん。いつでもおいでと迎えられる環境づくりを目指すという。

 その姿に教わった気がする。できることは、たくさんある。

(2012年1月11日朝刊掲載)

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