×

社説・コラム

天風録 「黒い雨の残影」

 真夏なのにぞくぞくと寒けが走る。降りだしたのは「黒い雨」。そのままをタイトルにした小説で井伏鱒二は「だまされたような雨」と表現している。広島への原爆投下の直後、その冷たさは体験者の心にも深く染みた▼「さっと来てさっと去った」からか、流れた歳月のためか。新たな証言やデータを解析している厚生労働省の検討会できのう、降雨域を確定するのは難しいとの報告があった。指定区域外で浴びた人々は、さぞやりきれぬ思いだろう▼3歳で被爆し、雨も体験した広島市西区の画家田谷行平さん。青春を謳歌(おうか)するころ、放射能への恐れが「雨が染みるように」気になりだしたという。きょうから中区で開く個展のテーマは、その黒い雨だ▼和紙に鉛筆や墨で描いたモノトーンの抽象画は、どす黒い影が空にうごめき、街を覆う。井伏が記す「万年筆ぐらいな太さの棒のような雨」の筋は木炭を塗った。横1945ミリ、縦860ミリ。画寸にも意味が宿る▼まもなく古希。ずっとヒロシマを表現してきたが、福島の原発事故に無力感が募った。被爆地の自分に何ができるのか、自問の末に描いた24枚の絵。核被害者の叫びが会場に染み渡る。

(2012年1月21日朝刊掲載)

年別アーカイブ