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社説・コラム

コラム 視点「新START発効から1年 悪化する核状況克服に被爆地の理念を」

■センター長 田城 明

 クリントン米国務長官とラブロフ・ロシア外相が、ドイツ・ミュンヘンで新戦略兵器削減条約(新START)の批准書を交換し、条約が発効して2月5日で丸1年。米ロは発効後7年以内に配備戦略核弾頭数を1550に、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、爆撃機の運搬手段を800にそれぞれ制限する。

 核兵器の大幅な削減を願う国際社会は、新STARTの発効を歓迎しながらも、「核大国の米ロには、戦術核を含んださらなる核軍縮交渉の進展を」との強い期待を寄せた。だが、その期待とは裏腹に、批准後の米ロ関係は「冷たい戦争」状態に戻ったかのようである。

 最大の理由は、米国がチェコやポーランドに配備を進める欧州ミサイル防衛システムだ。「ミサイル防衛はイランに向けたものである」との米国の主張に、ロシアは「ミサイル防衛で自国の核戦力は低下し、米国の軍事的優位につながる」と不信をあらわにし、新STARTからの脱退の可能性を口にしたほどである。

 ミサイル防衛網の配備の必要性を説く米軍部や軍需産業、保守派政治家たち。オバマ大統領は、その圧力に屈した形である。一方でミサイル防衛の受け入れ国は、安全保障のためというより、受け入れに伴う経済的メリットを優先する。ミサイル防衛の配備はどの国にとっても真の安全保障にはつながらない。米ロのさらなる核削減と相互信頼の構築こそが、両国間のみならず、世界の安全保障を高める道だからだ。

 率先して核軍縮を進めるべき立場にある米ロ核大国の削減停滞は、他の核保有国や潜在的核保有国に格好の言い訳を与えてしまう。北東アジア、南アジア、中東の核状況がそれを示していよう。

 核兵器体系を含む軍事力の強化を急ぐ中国。世襲によって新しい指導者となった金正恩(キム・ジョンオン)氏の下で、父親と変わらぬ「強勢大国」の道を歩む北朝鮮。南アジアではインドの核兵器・ミサイル強化に対抗して、パキスタンも核・ミサイルの増強を図る。

 イランの核開発をめぐる中東情勢は、緊迫の度を増している。イスラエルは自らの核保有は棚に上げ、「イランが核保有をしてからでは遅い」と、単独ででもイランの核関連施設を攻撃する構えだ。いったん戦火を交えれば、その影響は当事国にとどまらず、日本を含め世界中に波及する。国家の存亡にかかわると判断すれば、イスラエルによる核攻撃の可能性もゼロではなくなるだろう。

 イランの核保有は、隣国サウジアラビアなど他のアラブ諸国にも拡散する可能性が高い。この潮流をくい止めるには、イランへの経済制裁だけでは不十分である。根本的には、イスラエルの核兵器を含めた中東地域全体の「非大量破壊兵器(WMD)地帯」の構築が不可欠だ。2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の「最終文書」で確認された2012年の中東非大量破壊兵器地帯会議の開催は、フィンランドに主催国は決まったものの開催が危ぶまれている。

 世界の軍事予算の4割以上を占める米国。核・非核ともに圧倒的な軍事力を有する米国が、米ソ冷戦時以上に核兵器関連予算を確保して、レーザーなどを駆使した新たな核実験を繰り返したり、核施設を新設したりしているのが現状だ。2009年4月に、オバマ大統領はプラハで「核なき世界の実現」を訴えたが、残念だがその言葉をまともに受け止める者は、今ではほとんどいないだろう。

 米国の核抑止力を求め、戦後67年がたっても米追随外交から離れることのできない日本。国連などで「唯一の被爆国」を唱え、核軍縮・廃絶を訴えても、これでは説得力のあるリーダーシップを国際社会で発揮することはできない。

 核を取り巻く閉塞(へいそく)状況の中で、希望はどこに見いだせるのか? それは核の非人道性を訴え、核兵器禁止条約の交渉開始に向けて連携を強めている非核兵器国の有志連合や世界の多くのNGO、各国の元政府高官ら有識者、超党派の議員らの積極的な取り組みである。広島・長崎両市が主導する平和市長会議に賛同を示す国連の潘基文(バン・キムン)事務総長らとの協力関係も欠かせない。

 「核兵器は使えない非人道兵器」「所有するだけ人的・物的浪費を重ね、自国民や他国民を不幸にする」。米ロをはじめ核保有国に核軍縮・廃絶を求める非核兵器国や市民の声は一段と強まっている。大幅な核軍縮の促進は、核保有国間の信頼と協力を深め、核テロ防止にも役立つに違いない。

 東京電力福島第1原発事故を契機に、日本人の核エネルギー依存に対する考えも大きく変わった。米国の「核の傘」も、軍事面での同じ核エネルギー依存である。私たちの安全を決して守ってくれるものではない。核戦争の惨禍を知る日本人にとって、核抑止力依存という考えは、根本的に相いれない。

 被爆地広島・長崎から、人類と核は共存できないという「非核の思想」を日本に、世界にもっと広げていきたいものだ。成果はすぐに現れないだろう。が、被爆地の声は核兵器に象徴される「力の政治支配」では、世界が直面するグローバルな問題解決につながらないことに気づき始めた多くの人々に確実に広がりつつある。

(2012年2月6日朝刊掲載)

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