×

社説・コラム

天風録 「土門拳の温かみ」

 相手に肉薄し、時に嫌がられるほどシャッターを切りまくる。「写真の鬼」と呼ばれた故土門拳さんの流儀だった。結実したのが「ヒロシマ」シリーズだろう。あの日から12年後の被爆者たちを何度も訪ね、6千こま近くのネガを撮った▲通い詰めたのが今の広島赤十字・原爆病院だ。三次市で開催中の「土門拳の昭和」展に作品が並ぶ。皮膚のケロイド治療の現場に入り、むごい傷痕を際立たせる手法。だが患者の側は嫌うどころか、進んでレンズの前に立ったそうだ▲被写体となった女性に思い出を聞いたことがある。ぶっきらぼうだが実直な人柄。四六時中カメラを向ける熱意にほだされたという。「傷はいかがですか」と後々まで気遣ってくれた手紙は宝物になった▲そんな温かみは後輩に受け継がれている。土門拳賞に輝いた写真家の大石芳野さん(67)。ライフワークのヒロシマ取材に加え、福島に通う。放射能に見舞われた人たちから膝詰めで話を聞き、シャッターを切る。どんな作品に実を結ぶだろう▲土門さんは、こんな1枚も残す。ともに植皮手術を乗り越えた被爆者の夫婦と赤ちゃんの満面の笑みだ。福島の明日とも重ね合わせたくなる。

(2012年2月28日朝刊掲載)

年別アーカイブ