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社説・コラム

天風録 「切に生きる」

  きょうから始まる日めくりが書店の大震災コーナーに並んでいる。1冊買うと、もう1冊が被災地で配られる。支援を続ける俳優渡辺謙さんたちが考えた仕組みだという。名付けて「前を向くカレンダー」。再出発はまず気持ちから、との思いが伝わる▲暦に添えられた日替わりメッセージは押し付けがましくない。「がんばらなくていい。ちょっとだけふんばろう」といたわったり、歩の字を「少し止まる」と読みほどいたり。しょげた仲間の背にそっと腕を回すようだ▲きのうのテレビ番組欄には「明日」や「希望」が目に付いた。顔を上げ、ついてゆける被災者ばかりではあるまい。家族や友、そして古里。なくしたものと向き合ったまま、後ずさりで歩を進めている人も少なくない▲作家の瀬戸内寂聴さんが今、胸に留めている言葉の一つは禅僧の教えらしい。「切に生きる」。明日を思い煩うことなく、きょう一日をひたすら切実に生き抜く。今、ここをおろそかにしない―ということだろう▲くだんのカレンダーは3日ごとに1枚めくる仕掛けとなっている。1日1歩でなくていい。たとえ3日に1歩の調子でも、また歩みだせる日がきっと来る。

(2012年3月12日朝刊掲載)

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