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社説・コラム

コラム 視点「米大学の『フクシマ』シンポに参加して」  

■センター長・特別編集委員 田城 明

核惨事の教訓 学び生かす

 米国オハイオ州北部にある人口8千人余のオービリン市。その町の中核をなすのが、2700人の学生と300人の教授陣を擁するオービリン大である。1833年の市の誕生と同時に創設。全米で最初に黒人の入学を認めるなどリベラルな校風で知られる。

  その大学と大学内の財団法人「オービリン・シャンシ」が、3・11東日本大震災、福島第1原発事故1周年に合わせ「フクシマの教訓を学んだか」を主題に、2日間のシンポジウムを開いた。狙いは、世界を震撼(しんかん)させた東京電力の原発事故にさまざまな角度から光を当てて問題点を理解し、フクシマの教訓から学ぼうというものである。

 パネリストには、核戦争までの時間を示す終末時計で知られるブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ発行人のケネット・ベネディクト氏をはじめ、核技術、地質学、人類学、疫学などの立場から核問題を研究する専門家7人が米国内から参加。「被爆地の視点も取り入れたい」と、大学から声が掛かった私も加わった。

 津波が奪った行方不明者を含む約2万人の犠牲者への黙とうで始まったシンポ。基調講演も務めたベネディクト氏は、「フクシマの核惨事は人類の悲劇であり、核技術の力を理解することを私たちに呼び掛けている。今後も核技術のリスクを引き受けるか、ほかの技術を生み出し交換するかが問われている」と問題提起した。

 「核と市民社会―対立する見方」「複合核惨事とその影響」「公衆政策―規制・強化・改革」の3つのテーマを設け、担当のパネリストが約30分ずつ意見を発表。その後に聴衆との間で活発な意見が交わされた。

 日本では既に多くの人に知られていることだが、大地震、津波の予知がありながら電力会社や政府、官僚らが自らつくり出した「安全神話」に安住し、十分な安全対策を取ってこなかったことがあらためて問われた。

 「日本には原発を扱う上で必要な、原子炉の安全性を常に高めようとする『可能性としてのリスク評価(PRA)』がない」。日本の原子力政策に詳しいカリフォルニア大の安俊弘(アン・ジュンホン)教授(原子力工学)は、こう指摘した。

 米国では世界で最も多い104基の原発が稼働する。炉心溶融を引き起こしたスリーマイルアイランド原発(ペンシルベニア州)事故前年の1978年以来、新規の原発は建設されておらず、老朽化が進む。その米国でフクシマの教訓はどう生かされているのか。

 オバマ大統領は福島原発の事故後、国内の原発事故対策強化を訴えた。が、一方で原発は「クリーンエネルギー」であるとして、今年2月、34年ぶりにジョージア州での原発2基の建設と運転を認可した。

 「例えば、現在、104基の原子炉が米原子力艦で稼働しているが、うち47基は何年も前に決められた火災防止基準を満たしていない。米原子力規制委員会(NRC)は、原子炉で起きる事故の50パーセントは火災だと指摘しているにもかかわらずだ。原発でも十分な対策が取られているとは言えない」。核技術者で「憂慮する科学者同盟」のデービッド・ロックバウム氏は、具体的事例を挙げて安全対策の遅れを批判した。

 安全対策には多額の費用を要し、原発企業の利益減につながるため、米国でも企業側の対応は決して十分とはいえないようだ。

 核実験、原発事故、ウラン鉱山などで被曝(ひばく)した世界の放射線被害者が社会的に無視され、実態が知られていない。そのことが放射線被曝や汚染への公衆の無関心となり、核依存社会の存続につながっている。シンポではこの点も焦点となった。

 私はかつて本紙が取り組んだ「世界のヒバクシャ」など核被害の実態をルポした一連の企画記事を紹介。今回のフクシマ原発事故でも、メディアの役割として、事故原因の追求と同時に、放射線被曝への不安や暮らしを奪われた被災者の声を届ける重要性を訴えた。その上で「なぜ米国の主要メディアは、核開発などで生まれた自国のヒバクシャを詳しく取り上げようとしないのか。その責任は重い」と率直に述べた。

 低レベル放射線被曝の人体影響について語った疫学者、米国の水爆実験で被曝したマーシャル諸島の島民たちの実情を長年フォローし続ける人類学者、「生き物としての地球」と地震との関係、その影響力を図解を示して分かりやすく説く地質学者…。

 それぞれの専門家の話は、シンポに参加した学生や教授陣、市民ら延べ約300人にとってのみならず、私にとっても有意義だった。同時に開催された別会場での「フクシマ」「核」をテーマにしたアート展も、核時代がもたらす負の部分を鋭く問い掛けていた。

 オービリン市では数年以内に太陽光など再生可能エネルギーで町の電力をまかなうという。安全、環境への配慮など、大学と一体となった市民の意識の高さが取り組みを支えている。

(2012年3月25日朝刊掲載)

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