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社説・コラム

社説 原発「安全基準」 泥縄の対応に募る不安

 泥縄とはこのことだろう。政府が先週末、原発再稼働の判断材料となる「安全基準」を急ごしらえした。野田佳彦首相の指示から、わずか3日である。

 関西電力の大飯原発3、4号機(福井県)再稼働に向け、肝心のルールを後付けした格好になる。しかも原子力安全委員会はおろか閣議にも諮らず、首相と関係3大臣だけで決めた。

 政治主導をはき違えた拙速ぶりには、強い違和感を抱く。

 関電は早速、基準に沿った安全対策の工程表を経済産業省に持参した。国と事業者があうんの呼吸で手を結び、結論ありきで前に進める。福島第1原発事故で批判された「原子力村」の抜きがたい体質を思わせる。

 なぜここまで野田政権は前のめりなのか。この夏の電力不足をどうするのかと経済界の圧力が強まっているうえ、5月に運転する原発がゼロとなれば再稼働のハードルは一段と高くなる。そうした政治的な状況判断があるのは間違いあるまい。

 とはいえ、こうした首相のやり方では、逆に国民の不信感を募らせるばかりではないか。

 何よりの問題は、基準がどうみても電力会社に甘いことだ。

 福島の事故を教訓にした万全の対策を取る―。そんな触れ込みだ。しかし中身を見れば、既に各社で対応済みの項目が並ぶ。事故の直後、国が緊急に指示した建屋の浸水対策や、電源車の複数配置などである。

 半面、時間のかかる安全対策については「工程表を示せばいい」としている。

 事故が起きても放射性物質排出を抑えるフィルターが付いたベント(排気)設備や、災害時に拠点となる免震施設がそれだ。大飯原発は2015年度になるという。今すぐ想定外の事態に対応できるのだろうか。

 もうひとつは経産省の原子力安全・保安院が基準案をつくったことだ。原子力規制庁の発足が遅れている事情もあろう。しかし「推進」「規制」がごちゃまぜの現状を、国際原子力機関(IAEA)などから批判された事実をどう考えるのだろう。

 しかも目先の再稼働のための暫定基準ではなく、今後全ての原発で判断に使うというから驚く。福島の事故の検証結果が出るのはこれからのはずである。

 政府は近く大飯原発について再稼働を決断するとみられる。立地自治体に容認の動きが出てきたのをてこに、「電力不足は反対する周辺自治体のせい」といったムードを高める思惑もあるのかもしれない。

 しかし簡単に筋書き通りにいくとも思えない。そもそも全ての原発周辺で、重点的に防災対策をとる地域を3倍に広げたのは国だ。避難計画づくりも訓練も途上にある。今のままなら「やむなし」と考える住民にとっても不安に違いない。

 関電の大株主である大阪市の橋下徹市長も、再稼働に反対している。民主党の議員たちにも慎重論がある。強引に再稼働すれば混乱を招く可能性が高い。

 民主政権の金看板は「熟議」のはずだ。この際、基準をいったん白紙に戻したらどうか。中身もさることながら、まともな手続きで議論し直すのが筋だ。少なくとも第三者の専門家の意見は反映させるべきである。

 原発の稼働は必要という立場からしても、その方がかえって早道ではなかろうか。

(2012年4月10日朝刊掲載)

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