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社説・コラム

天風録 「舟を編む」

 「めれん」とは大いに酔っぱらう意味だと、この本で教わった。国語辞書の編集者たちを描いた三浦しをんさんの小説「舟を編む」。あたかもしゃれたカクテルを飲み干したかのように、読後感が心地よい▲全国の書店員も同様の酔い心地だったのだろう。最も売りたい本を投票で選ぶ本屋大賞に輝いた。主人公は寝ても覚めても言葉という大海原をひたすら航海する。男、女、愛…。一字一字の解釈へのこだわりに圧倒される▲こちらは逆に、言語感覚の鈍さに興ざめしそうだ。福井県の大飯原発を再稼働しても「安心」だと結論づけた閣僚たち。辞書を引いたのだろうか。安心とは「心配がなくなって気持ちが落ち着くこと」▲まるで千鳥足に思えるのは枝野幸男経済産業相の言葉遣いだ。その再稼働に「現時点では反対」と明言したかと思えば、一夜明ければ「今日は昨日とは違う」。これでは、読者を惑わす「霞が関文学」だと批判されても仕方あるまい▲「舟を編む」は辞書の紙質にこだわるシーンも印象深い。手に吸い付く「ぬめり感」が欠かせないという。権力者が発する言葉も、大切なのは国民の心に、ぴたりと寄り添っているかどうかでは。

(2012年4月16日朝刊掲載)

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