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社説・コラム

『言』 北朝鮮ミサイル失敗

◆福原裕二・島根県立大准教授

 金正恩(キムジョンウン)氏が北朝鮮の第1書記に就任し、13日には「人工衛星の打ち上げ」と称して弾道ミサイルを発射した。3代目の最高指導者の意図は何なのか。朝鮮半島情勢に詳しい島根県立大の福原裕二准教授(41)に聞いた。(聞き手は論説委員・金崎由美、撮影・浜岡学)

 ―各国から非難されてまで強行したのは、なぜですか。
 15日は故金日成(キムイルソン)主席の生誕100年。金第1書記が就任してから初の実績をつくり、若き指導者の経験不足を補おうとしたのでしょう。2月の米朝合意で取り付けた食糧支援とをてんびんにかけ、国内の体制固めがどうしても先決だと判断したといえます。

 ―米国や日本に揺さぶりをかけ、国際的な立場を強めることが目的ではなかったのですか。
 今回は国内事情が大きいでしょう。もし金正日(キムジョンイル)総書記が生きていたら、拙速を避け、食糧支援を受けたはずです。もっとも、米国本土に届く長距離ミサイルを開発し、小型化させた核弾頭を載せることが最終目標であることは間違いありません。

    ◇

 ―打ち上げに失敗しました。新体制の船出には痛手ですか。
 そうではないと思います。失敗を率直に認めたのは、打ち上げの成否にかかわらずミサイル開発を中長期的に継続していく方針で体制内が一致しているからでしょう。今回は「挑戦には失敗もある」という認識です。北朝鮮は、指導者は決して間違いを犯さないのが前提の国。軍の責任にはなっても金第1書記の名誉を傷つけることにはなりません。

 ―核実験を行うとの観測もあります。
 米国などがどこまで強硬に対応するかによるでしょうから、推移を注視する必要があります。ただし、過去2回の核実験は、米国と対立する局面で切った交渉カードでした。国内向けにミサイルを発射し失敗した今回も、核実験の動機に直結するとは考えにくい。国連安全保障理事会は議長声明を全会一致で採択しましたが、北朝鮮には想定の範囲内でしょう。

 ―ミサイル開発にこだわる理由は。
 国家の存続に危機感を持っており、米国から体制の保証を得たいのです。長距離ミサイルに核弾頭を積めれば、米国が対等に交渉すると思っている。国際的な影響力を持つためのカードです。食料の自給自足すらできない国が米国と単独で戦争できないことは、自らが一番よく知っています。逆に言えば、体制保証を得たと確信できない限り、ミサイルも核も放棄しないでしょう。

    ◇

 ―日本はミサイル防衛を展開するなど大規模に対応しました。北朝鮮にはどう映ったと思いますか。
 自国の軍事力を無力化しようとするとして怒ったでしょう。同時に、首都圏にまで地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を配備し、メディアも大々的に取り上げるのを冷静に観察したはず。交渉するよりも、目の前の現象に大きく反応する国、と映ったのではないでしょうか。

 ―6カ国協議の再開は見通せず、拉致問題も足踏み状態。日本が交渉で存在感を発揮するには限界があるのでは。
 水面下で日本独自の外交努力をどこまでしているのか、疑問です。米国や韓国と「連携して対応する」と繰り返すのも、北朝鮮の態度を硬化させるだけ。例えば「日朝平壌宣言の精神を思い起こせ」と発信してもいい。日朝平壌宣言は金総書記の実績であり、金第1書記が尊重するべき「遺訓」です。北朝鮮はミサイル発射を自制するとし、日本は国交正常化後に無償資金援助をする約束をしています。日本の経済力はどうしても欲しい。そこから相手方のプライドをくすぐる手はあります。

 ―日本は経済制裁の強化を検討しています。効果は。
 在日社会からの物資や資金が北朝鮮の軍事力の増強に資しているという指摘があり、その流れを止める効果はいまでも上がっているといえます。ただし、北朝鮮を交渉に引きずり出す目的としては失敗です。北朝鮮は、妥協をするほど高いハードルを新たに課してくるとして、日本に不信感を持っています。対話抜きの圧力一辺倒では、交渉は難しいでしょう。

ふくはら・ゆうじ
 岡山市生まれ。広島大大学院国際協力研究科で博士号取得(教育文化専攻)。2004年、島根県立大総合政策学部助手、09年から現職。韓国の啓明大、高麗大に留学経験がある。広島大法学部在学中、金日成主席の死去に嘆き悲しむ現地の人たちをテレビで見たのがきっかけで、北朝鮮に関心を持ったという。専門は国際関係史、朝鮮半島の地域研究。

(2012年4月18日朝刊掲載)

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