×

社説・コラム

『論』 宙に浮く核の燃えかす

■論説主幹 江種則貴

 かつて日本の原発は「トイレなきマンション」と批判された。原発を再稼働すべきか否かが盛んに議論される今、忘れかけていたその警句がしばしば脳裏によみがえる。

 トイレとは、原発を運転して生じる燃えかすの処分場のことを指す。使用済み核燃料と呼ばれるが、核兵器に使われるプルトニウム239が含まれ、厄介極まりない。

 その処分方法が明確に見通せないまま、日本の原発は半世紀近く前に動き始めた。そうして瞬く間に50基を超え、間もなく全てが止まる。

 ではトイレ問題は解決しただろうか。「否」というほかない。ほぼ満杯なのだ。

 国は、プルトニウムを直接燃やす高速増殖炉の開発を手掛けると同時に、使用済み燃料を再処理してもう一度、一般の原子炉で燃やす「核燃料サイクル」を進めてきた。プルトニウムとウランを混合した「MOX燃料」だ。

 ウランを輸入に頼る日本にとって確かに資源の有効利用という側面はある。しかし、そのMOX燃料が各地で使われ始めたときに起きたのが、福島第1原発の事故だった。

 この間、数キロあれば原爆がつくれるプルトニウムを約30トンもためこんだ。原発を全て止めれば当然、新たな燃料は要らない。脱原発を進めれば余剰になるのは明らかだ。

    ◇

 政府はいったいどうするつもりなのか。しわ寄せを受けているのが青森県である。

 六ケ所村で建設が進む再処理工場は試運転の段階からトラブル続き。なのに各原発から運び込まれた使用済み核燃料で保管プールは収まりきれなくなってきた。

 福島の事故でも明らかなように、燃えかすの保管や処理は危険を伴う。歴代の知事が「再処理できなければ使用済み核燃料は施設外へ搬出する」との文書を国と交わしてきたのも当然だろう。

 内閣府が19日公表した資料によると、これらが発生元に返還された場合、大半の原発で保管能力が限界となり、原発の運転そのものを停止するしかなくなるという。中国電力島根原発(松江市)では、返還されればあと2年ほどしか運転できないとされる。

 原子力委員会に示された別の資料では、原発を全て止めて使用済み核燃料は埋設(直接処分)する方法を選んだ場合、2030年までに7兆円前後の巨費がかかる。

 また、原発を再稼働させて全発電量の20%を賄った場合では、使用済みを再処理すれば8兆円余り、再利用せず全量を直接処分すると10兆円台になるという。

 すなわち、手持ちのプルトニウムを減らすにはMOX燃料が効果的で、原発を再稼働させても処理費用は全停止とさほど変わらない―。

 しかし直接処分に再処理工場の解体費用を含めるのはおかしいとの異論が出て、原子力委員会事務局は試算をやり直す羽目に。そうしたちぐはぐさからも、数字の背景に政府の思惑が透けて見えると感じる人は少なくないだろう。

    ◇

 発電を原子力に頼るというこの国の半世紀前の選択は、プルトニウムを生み出す点において「後戻り」が困難な道を歩むことにほかならなかった。今となっては、それと付き合うしかないと政府は言いたいのだろうか。そのどこが「脱原発依存」なのか。

 使用済み核燃料の処理も原発の再稼働も「当面はモラトリアム(判断の先送り)にするほかない」との主張が各方面から聞こえ始めている。

 だがプルトニウムの半減期は約2万4千年。気の遠くなるほど先の世代にツケ回しすることは許されまい。その観点から、トイレならぬ「出口」を探すしかない。

(2012年4月26日朝刊掲載)

年別アーカイブ