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社説・コラム

『記者縦横』 福島の森で紡いだ思い

■東京支社 山本洋子

 福島県飯舘村の小林麻里さん(47)は5年前、夫の彰夫さんを病気で亡くした。絶望の中で毎晩、自宅を囲む森を泣きながら歩いたという。「森と溶け合う感覚に包まれて、何とか生きてこられた」

 月明かりも差さないうっそうとした小道を一緒に歩いた。方向感覚も失う圧倒的な闇。「飯舘を離れたくない」と話す彼女のよりどころの一つがそこにあった。

 原発事故後の昨年4月末に「フクシマとヒロシマ」取材班の一人として福島に入った。けれど、暮らしを、田畑や牛を突然奪われる理不尽さ、一様でない怒り、悲しみをどう書くのか。ひるんでいた。そのころ会ったのが小林さんだ。

 彼女は放射能の健康影響、避難すべきか否かの論争に疲れ果てていた。ニュースが伝える「復興」や「放射能との闘い」とは違う次元で被災者はじりじりと震災後を生きている。彼女はあの森で人々に思いを語ることを選んだ。知人に紹介された作家の田口ランディさんに「福島から逃げない」と宣言した。返ってきた言葉は「今は迷い、ぐらぐら揺れてもよいのでは」。

 水俣病問題を独自の視点で追求する熊本県の漁師緒方正人さんには、こう言われた。「海に抱かれると幸せでね。無償の価値ってあるんです。あんたも、森にほれられちょるんですね」

 小林さんは近く1冊の本をまとめる。人や自然、自分と対話し、迷いながら紡いだ言葉だ。私が記事ですくい取れなかった思いを心に刻みたい。

(2012年4月30日朝刊掲載)

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