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社説・コラム

黒い雨 発がんリスク上昇か 広島大原医研

 原爆の爆風で吹き上げられたちりなどが放射性物質に変化した誘導放射能や、放射性降下物を含んだ「黒い雨」が、被爆者の発がんリスクを押し上げた可能性があることが、広島大原爆放射線医科学研究所(広島市南区、原医研)の研究で分かった。爆発時に受けた放射線量だけで計算する現在のリスク評価のあり方を根本的に問い直す必要がありそうだ。(宮崎智三)

 原医研の大滝慈教授たちのグループは、1970年に生存していた直爆の被爆者3万7千人余のデータを2009年まで追跡し、新たな手法で解析した。従来、被爆者のリスクは、被爆した場所と爆心との距離などから、浴びた放射線の量を推定し、計算している。

 今回は、それぞれが被爆した場所と、固形がんによる死亡危険度(実際のリスク)を基に、どの場所で被爆したらリスクはどの程度になるかを計算。その際、被爆時の年齢や男女別によるがん発症の偏りは補正した。すると死亡危険度は従来のリスクを上回っていた。また爆心地から西や北西方向だけが少し高いとの結果も出た。

 爆発時に浴びた放射線以外に、リスクを上乗せする何らかの要因があったと研究グループは判断。ちりなどの誘導放射能を呼吸や、水を飲むことで体内に取り込み内部被曝(ひばく)したのではないか、とみている。死亡危険度が高かった西から北西方向は「黒い雨」降雨地域と重なっており、その影響があったと分析している。

【解説】 内部被曝無視 「欠陥」突く

 今回の研究は、リスク評価の「欠陥」を突いている。現在のリスク推定で計算に入れるのは、爆発時に放出された中性子線とガンマ線だけである。

 放射性降下物を含む「黒い雨」や、誘導放射能による内部被曝を無視して「正確な評価はできない」との批判は、これまでもあった。しかし、従来は直爆の放射線に比べて「大した影響はない」と無視されてきたのが実情だ。

 その点、今回のようにリスクを押し上げた可能性を明らかにした研究は初めてだろう。しかも3万7千人ものデータを基にした結果だけに重みがある。

 もちろん、どの程度リスクを押し上げたのか、科学的なメカニズムの解明など、さらに研究すべき課題は多い。

 内部被曝による健康影響の調査は、福島第1原発事故で生まれた新たな被曝者の対策にもつながる。その意味でも急ぐ必要がある。

 長崎を含めた被爆者のリスク評価は、国際放射線防護委員会(ICRP)が定める放射線防護の基準にもなっている。内部被曝がどれほどリスクを高めたのか、研究を積み重ね、より正確にリスク評価をできるようにすることが、被爆地の重要な役割といえよう。

(2012年5月3日朝刊掲載)

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