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社説・コラム

『論』 NPTと広島 問われる原発への姿勢

■論説委員 金崎由美

 被爆地に来て、核兵器廃絶への決意を新たにしてほしい―。広島市は「各国の為政者が集う国際会議」の誘致を目指している。2015年に開催される核拡散防止条約(NPT)再検討会議が、第一目標である。

 ただ、手応えは芳しくないようだ。「物理的には難しいと感じた」とは、松井一実市長の弁である。再検討会議の準備委員会に合わせて今月オーストリアを訪れ、誘致への協力を呼び掛けた。

 2年前、米ニューヨークで開かれた再検討会議を取材した。5年ごとに百数十カ国の代表が集い、条約をどう運用するか4週間もの交渉を繰り広げる。会場となった国連本部に遜色のない議場、ホテル、警備体制などの環境が広島でも必要となる。

 現状の受け入れ態勢を思うとハードルは高いと思わざるを得ない。市長が「物理的に」と述べたのは、そうした状況を踏まえたものだろう。

 むろん市として断念したわけでもない。まずは2年後に広島への誘致が決まった日本、オーストラリアなど10カ国による軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)外相会合などで実績を積み、チャレンジの模索は続けるという。

    ◇

 被爆地がNPT体制とどう向き合うか、転機を迎えているのも確かだ。

 多国間の核軍縮・核不拡散の条約はNPTだけである。前回の再検討会議では日本から被爆者や平和団体のメンバーら2千人が現地入りしたのも、その維持・強化に大きな意味があるからだ。

 一方で、数々の欠陥が指摘されてきた。1970年に発効したNPTは米国、ロシア、英国、中国、フランスだけに核保有を認める「不平等条約」である。

 不平等性を和らげるため、核軍縮・核不拡散とセットの形で原子力の平和利用を推進してきた。NPTのルールを守りさえすれば、加盟国は原発を持つ権利が保障される。

 安全神話が崩れ去った福島第1原発事故を経ても、それは変わらない。

 事故後初となる今月の準備委員会では、誰あろう日本政府が「原子力の平和利用の推進へ、あらゆる努力をするべく国際社会とともに取り組む」と宣言した。国内向きには脱原発依存を唱える姿勢との落差はどうだろう。

 いわば再検討会議は、原発推進を国際社会として確認する舞台ともなる。被爆地として、その点をどう考えて誘致活動をしているのか。姿勢が問われてこよう。

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 NPT以外にも、被爆地としてもっと力を入れるべきことはあるはずだ。

 核兵器廃絶を実現するにはNPTだけでは不十分、という問題意識から、一部の国や反核NGOが核兵器禁止条約の実現を訴えている。

 広島市の願いでもある。5200余りの都市が加わる平和市長会議の会長として松井市長も今回、この条約の交渉開始を訴える47万人分の署名を準備委の議長に届けた。

 だが大きな壁は内側にある。日本政府は「時期尚早」と後ろ向きだ。毎年、国連総会に提出される禁止条約を求める決議案にも棄権を続けている。核兵器廃絶を掲げつつ、米国の核抑止力を必要だと公言することは、大きな矛盾をはらんでいよう。

 これに関しては市長の姿勢は物足りない。先週の記者会見では米国の核抑止力について問われ「市としてどう思うかについてはノーコメント」と言葉を濁した。

 しかし、日本政府こそが、何より決意を新たにしてもらいたい「為政者」ではないだろうか。そこに被爆地の役割があろう。

(2012年5月17日朝刊掲載)

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