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社説・コラム

天風録 「コッペリア」

 幕が上がってはっとした。背景に原爆ドームの絵があった。舞台は、傷ついた人類の全ての痛みに向けられていた。広島出身の森下洋子さん率いる松山バレエ団。その演出に救われた思いだった▲都内であった公演「コッペリア」を見た。火砕流で多くの命が失われた町で復興祭を開く物語。原作を大幅に書き換えて演じられた。日本を代表するプリマバレリーナの気迫に満ちた踊り。どんな絶望にも凛(りん)として揺るがない希望の光を発していた▲その直前、福島県飯舘村に足を運んだ。家は閉ざされ、あらゆる店が閉まっていた。人影が見えない中、自然だけがもえ立っている。原発事故の後、全村避難を余儀なくされた。古里にいつ戻れるのか。こちらまで、気がふさいでいたのだ▲松山バレエ団は昨年の震災以後、福島県から都内に避難するバレエ希望者のレッスンを無償で引き受けている。「キラキラした頑張りに、宝物をいただいている」▲逆に感謝する団員の言葉にまた希望を見つけた。森下さんが郷里の広島で学んできたものを皆で学びたい、との言葉にも。誰に誇ることもなく続く営みが、それぞれの場所で花開き、響き合う。福島でもきっと。

(2012年5月25日朝刊掲載)

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