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社説・コラム

天風録 「君死にたまふことなかれ」

 「君死にたまふことなかれ」。あまりに有名な反戦詩を詠んだ与謝野晶子。きのうは没後70年の命日だった。まっすぐな呼び掛けが通じたのか、ロシアとの戦火をくぐり抜け、「君」である弟は無事帰還する▲願いむなしく、帰らぬ命となったのは岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」。7万本もの仲間をのみこんだ津波に耐え、たった1本で立ち続けていた。新芽が出てほしいと周囲は見守っていたのだが…▲「人あまた死ぬる日にして生きたるは死よりはかなきここちこそすれ」。関東大震災に遭った晶子は、生き延びるつらさを静かに歌っている。津波を目の当たりにした人々が一本松に託したのも、はかなき心の埋め合わせではなかったか▲市は腐った根を切り薬剤を施して、幹や枝を残すという。永久保存が難しい場合はレプリカをつくるそうだ。復興のシンボルが防災のモニュメントに生まれ変わる。それでも生命のたくましさを語り継ぐ役目は変わらない▲「新しく生きる者に、日は常に元日、時は常に春」。震災翌年の晶子の詩は、明るさを取り戻したかのよう。一本松もこれから被災者を見守ってくれるだろう。つらくとも生きて芽吹けと。

(2012年5月30日朝刊掲載)

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