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社説・コラム

社説 「黒い雨」検討会報告 やはり線引きには矛盾

 援護の谷間に67年間も放置されてきた人たちの願いを裏切る結論ではないか。

 広島原爆の放射性降下物を含んだ「黒い雨」。その指定地域を検討する厚生労働省の有識者の会合が、報告書案を大筋で了承した。

 報告書案は、実際に広範囲に雨が降ったかどうか、確定することは困難だとする。信頼できるデータが少ないことなどが理由のようだ。

 援護対象となる指定地域は、原爆投下直後に「特に大雨が降った」とされる範囲に限られている。広島市は現行の6倍に広げるよう求め、その根拠となる健康意識調査も行った。報告書案は、この意識調査を科学的に検証した結果だという。

 ところが最近、現状の線引きとは矛盾する研究結果も出ている。これらをどれだけ取り入れる努力をしたのだろうか。

 土壌から発見される原爆由来の放射性物質は、黒い雨が降った裏付けとなろう。報告書案は「明確な痕跡は見いだせなかった」とする。

 しかし広島大などの研究では、既に黒い雨に由来するとみられるセシウムが指定地域外でも発見されている。爆心地から遠く離れた広島県安芸太田町の民家の床下からも出た。

 昨年には、放射線影響研究所が1950年代に集めた1万3千人のデータの存在も明らかになった。指定地域外で「雨に遭った」という証言も多い。

 検討会は、これらを積極的に評価しようとする姿勢が足りないのではないか。

 報告書はまた、黒い雨を浴びた人の健康影響を、放射線に対する精神的な不安に限定した。その他の病気については「原爆放射線による健康影響があったとする根拠は見いだせない」と判断する。

 「放射線の影響を心配しすぎている」と決めつけているようにも受け取れる。真っ黒な雨を全身に浴び、実際に健康を害している人が納得するだろうか。

 報告書は、今後厚労省が援護拡大の可否を検討する材料となる。精神的な影響に絞った救済策にとどまってしまうのではないかという懸念を禁じ得ない。

 救済のハードルとなっているのは、被爆地域の指定に「科学的、合理的根拠が必要」とする厚労省の方針である。80年の原爆被爆者対策基本問題懇談会の報告が根拠となっている。

 厳密な科学的根拠を行政の救済条件とすること自体に無理はある。原爆被害、特に低線量被爆や間接被爆の影響は未解明な点があまりに多い。なのに、結果的に被害が「ない」かのような対応になりかねない。

 国が敗訴を重ねた原爆症認定集団訴訟では、まさにその点を痛烈に批判されたのではなかったか。黒い雨をめぐる援護策は、反省を踏まえて検討する必要がある。

 黒い雨の被害は、被曝(ひばく)の不安を抱える福島の人の将来と重なる。黒い雨の被害は決して過去の出来事ではない。広島市の意識調査の検証で終わらせず、国は原爆被害の実態に迫る努力が求められる。

 今のままでは、科学論争が救済引き延ばしの口実になりかねない。国は検討会の結論を政策判断の金科玉条とせず、まずは黒い雨の実態に真摯(しんし)に向き合うべきだ。

(2012年5月30日朝刊掲載)

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