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社説・コラム

社説 大飯原発の再稼働方針 なし崩しにならないか

 5月5日に全国の原発が停止して1カ月足らず。国の原子力政策を根本から見直す議論が進まないまま、3・11以前の原発依存社会に後戻りしかねない。

 政府は関西電力大飯原発3、4号機(福井県)の再稼働について「関係自治体に理解されつつある」と判断。県などから最終同意を得る手続きに入る。

 これまで「安全性が確認できなければ再稼働すべきではない」と主張してきた関西広域連合の軌道修正が大きい。

 政府の方針を強く批判していた橋下徹大阪市長はきのう「期間限定」としながらも再稼働の容認を明言した。ひとつの落としどころと踏んだのだろうか。

 再稼働に向けて、政府は常駐する保安検査官を大幅に増やし、重要な作業の節目には政務三役を立ち会わせるなど監視態勢の強化をアピールしている。

 緊急時のテレビ会議システムを確立し、立地県並みの権限を求めた滋賀県と京都府には情報提供で配慮するようだ。

 ただ、この程度の対策だけで広域連合側の軟化を引き出したとは思えない。背景にあるのはやはり、今夏の関電管内の電力不足に対する懸念だろう。

 再稼働がなければ14・9%の電力が不足するという試算のもと、場合によっては計画停電も避けられない見通しだった。

 準備作業を含めるとタイムリミットが迫っていた。当面の「必要性」を優先したと映る。

 東京電力福島第1原発の事故の検証はまだ途中である。新たな原子力規制機関をめぐる国会審議も始まったばかりだ。

 政府、自治体は共にそうした現状を意識して、安全基準にも再稼働の判断にも「暫定的」と言い繕っている。

 それでいて野田佳彦首相は「原発が、社会全体の安定と発展のために引き続き必要である」と強調した。これまでの原発推進路線への反省を示さないまま「原発は必要だ」と繰り返す電力業界の主張とも重なる。

 こうした筋書きに沿って再稼働への手続きが進むとすれば、なし崩しというほかなかろう。

 「大飯が認められるのなら」とほかの電力会社も再稼働を急ごうとするだろう。政府が義務づけたストレステストをクリアして、必要性を強調すれば関係先の理解を得られると楽観してもおかしくない。

 経済産業省の総合資源エネルギー調査会は当初、2030年に目指す電源構成の選択肢の一つとして、現状とほとんど変わらない原発依存度35%を盛り込んでいた。電力に詳しい専門家集団もまた、福島の事故から何を学んだのか。感覚を疑う。

 共同通信が先週実施した世論調査によると「原発の安全性を確認した上で再稼働する」という政府の方針への反対が56・3%で、賛成の36・0%を大きく上回っている。エネルギーの将来像について民意を問う覚悟が政府にあるだろうか。

 このまま大飯原発が再稼働するようだと、産業と暮らしを見直そうとする節電の機運に水を差す。再生可能エネルギーの普及も鈍るかもしれない。交付金制度を軸にした立地地域の原発頼み体質は温存される。

 首相は少なくとも、新たな規制機関の発足を待ち、安全基準を厳格に適用して最終決断を下すべきではないか。福島の被災者たちはどう思うだろう。

(2012年6月1日朝刊掲載)

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