×

社説・コラム

『潮流』 淡い色調の向こう

■論説委員 田原直樹

 木漏れ日のもと、ベンチの母娘をハトが取り巻いている。小道がカーブしていき、その先に原爆ドームがのぞく。休日の朝だろうか、その絵は平和記念公園の穏やかな一隅を描く。

 先日亡くなった画家、新延輝雄さんの油彩「過ぎし日」。訃報に接し、公園内の広島国際会議場にある作品をあらためて見た。

 ハーフトーン(中間色)で知られた画家らしく、淡い青や緑で包んだ画面は幸福な空気にあふれる。国際会議場にふさわしい作品だ。しかし、柔和な絵だからというわけではない。

 「惨禍の記録としてではなく、鎮魂と祈りの作画であった」。10年前、本紙への寄稿で、画家自身が絵に込めた思いを記している。

 戦後広島の洋画壇をリードした新延さん。原爆で両親を失ったが、ヒロシマはあまり画題にしなかった。だがこの絵では、ベンチの親子に亡き母と幼い日の妹のイメージを重ねている。

 絵に描いた辺りの被爆前の姿も懐かしんだ。にぎやかな商店街で、外国映画を上映する「高千穂館」などによく通ったとも。忘れがたい光景が去来する中、筆を運んだに違いない。

 簡単な掲示でもいい。この絵の前に立つ人に、画家が込めた思いや懐旧を伝えられないか。ハーフトーンの奥から、肉親をはじめ原爆死没者への哀悼が一層伝わってくるはずだ。

 街角や公共の空間で、さまざまなアートと出あう時代。自由に何かを感じとり、思いめぐらすことができる。

 平和記念公園内にある多くの彫像や絵画は、核なき世界への願いを表現したものだ。原爆投下への憤りや強い告発のほか、すっきりとした造形に祈りを込めるもの、静かに語り掛ける作品も。多彩な表現がある。

 作品ごとに展示を工夫して、背景の物語とともに引き継ぎたい。ヒロシマの訴えが永く響くように。

(2012年6月9日朝刊掲載)

年別アーカイブ