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社説・コラム

天風録 「火星年代記」

 「これからオフ・シーズンに入りそうね」。ロケットで宇宙旅行する時代、地球人相手に火星でホットドッグを売ろうとする男に、妻がささやく。立ちつくす夫。眼前の夜空には火の玉。全面核戦争で自壊する地球だった▲91歳で現役作家。レイ・ブラッドベリ氏の訃報に接し、「火星年代記」を読み直す。1950年の発表から半世紀近く経て稿を改め、物語の年代を当初の99年から、2030年に設定し直した▲初版なら05年、ホットドッグの男が見たように地球は終わる。廃虚には朝食も散水もお任せの、全自動の家が残った。壁に家族5人の「影」だけ残し…。幸い地球は消えていないが、核拡散は現実にある▲作家の目で第2次大戦も冷戦も見つめた。祖国アメリカの原爆使用には心を痛め、影の描写もそこに着想を得たという。核戦争を逃れた政治家が過去を悔い、火星にとどまる決意をする終章には特に思いを込めたのだろう▲火星人に会わせると約束し、家族で出掛ける運河へのピクニック。物語では水面(みなも)があり、子どもたちが映る。会わせると言った火星人とは実は…。求めるものは案外、隣にある。それが氏の非戦論だったのかもしれない。

(2012年6月12日朝刊掲載)

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