『言』 日本の核燃料サイクル 再処理放棄 核不拡散に貢献
12年6月13日
◆フランク・フォン・ヒッペル 米プリンストン大教授
使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、再利用する核燃料サイクル。福島第1原発事故を受け、政府はその再検討を進めている。米クリントン政権で核不拡散政策に携わったプリンストン大のフランク・フォン・ヒッペル教授(74)は、現在の政策を抜本的に見直し、再処理をやめるべきだと説く。先月来日した機会に聞いた。(聞き手は論説委員・金崎由美、撮影・坂田一浩)
◇
―日本の再処理方針に、なぜ批判的なのですか。
民生用であってもプルトニウムは核兵器の材料になります。再処理できる国が増えるほど、技術を悪用する国が現れる恐れも出てきます。1974年に核実験をしたインドがそうでした。過去には、ブラジル、アルゼンチンなども軍事目的であることを隠して再処理を研究しました。核不拡散、核テロ防止にはマイナスなのです。
ところが日本は、非核兵器保有国で唯一、商業規模の再処理プラントを持っています。軍事目的でなくても、国際的な流れに逆行しているといえます。
―現実に日本の政策は他国にも影響を与えていますか。
韓国がそうです。米国との原子力協定の改定をめぐり厳しい交渉を続けています。使用済み核燃料の貯蔵プールに余裕がないとして、日本を引き合いに再処理の容認を盛り込むよう迫っているのです。私も先月、韓国の政府関係者に呼ばれて議論しましたが、やはり「日本と同じ権利を持てないのはおかしい」と強硬に主張していました。
―米韓の交渉の見通しをどうみますか。
予断は許しません。もちろん米国は反対していますが、日本が再処理を行っている以上、強いことは言いにくい。もし韓国がかじを切れば、再処理をしようとの動きが広がるのは確実でしょう。将来、イランが後に続く可能性も否定できません。
―被爆地広島を含め、日本では再処理を核兵器廃絶を阻む問題として十分に捉えてきたとはいえません。
世界には、冷戦時代に核兵器を持つ国が軍事用に分離したプルトニウムのほか、民生用プルトニウムが250トンあります。日本の保有量は再処理を依頼した英仏での保管分を含めて45トン。長崎原爆だと5千発分以上です。建設中の再処理工場(青森県六ケ所村)が稼働すれば、さらにプルトニウムはたまります。
◇
―日本政府や業界は、再処理は放射性廃棄物の量を減らすことができるとしていますが。
使用済み核燃料を再処理してプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料にした場合、体積は確かに減ります。しかし、使用済みのMOX燃料は発熱量がウラン燃料の数倍にもなります。間隔を空けて処分場に置かなければなりません。取り扱いの難しさ、再処理の巨額費用や核拡散問題も合わせると利点にはなりません。
―原発の燃料プールを使用済み核燃料であふれさせないため、再処理工場に運び込む必要があるとの指摘もあります。
燃料プールの過密度は、格段に安全性を高める方法で軽減できます。原発の敷地に、水ではなく空気で冷やす構造の中間貯蔵施設を置くのです。乾式貯蔵です。中間貯蔵しながら、地下深くに使用済み核燃料を運ぶ最終処分場の場所や技術を検討すべきです。最終処分場は再処理をしていても必要な施設です。
―日本での導入状況は。
実は福島第1原発にあります。昨年の事故でも無事でしたが、4号機の燃料プールは壊滅的なダメージを受けました。日本は今こそ、すべての原発に乾式貯蔵を導入すべきです。
―日本が再処理を放棄するための鍵はどこにあると思いますか。
政府は原子力政策の根幹と位置付けていますが、ほかの国は再処理工場や高速増殖炉がなくても原発を動かしています。問題は政治的な壁です。積み上げた政策を改めるには勇気が要るかもしれません。
「原子力ムラ」に任せていては、難しい。日本は夏に向けて核燃料サイクル政策を見直す重要な時期に来ています。国民的な開かれた議論が求められます。
フランク・フォン・ヒッペル
マサチューセッツ州生まれ。英オックスフォード大で理論物理学の博士号取得。クリントン政権下の93~94年、ホワイトハウス科学技術政策局次長。16カ国の核物理学者らのグループ「国際核分裂性物質パネル(IPFM)」共同議長。核軍縮、核不拡散の強化策について提言している。祖父はノーベル物理学賞受賞後、マンハッタン計画に加わり、無警告で原爆を使用しないよう進言した故ジェームズ・フランク氏。
(2012年6月13日朝刊掲載)
使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、再利用する核燃料サイクル。福島第1原発事故を受け、政府はその再検討を進めている。米クリントン政権で核不拡散政策に携わったプリンストン大のフランク・フォン・ヒッペル教授(74)は、現在の政策を抜本的に見直し、再処理をやめるべきだと説く。先月来日した機会に聞いた。(聞き手は論説委員・金崎由美、撮影・坂田一浩)
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―日本の再処理方針に、なぜ批判的なのですか。
民生用であってもプルトニウムは核兵器の材料になります。再処理できる国が増えるほど、技術を悪用する国が現れる恐れも出てきます。1974年に核実験をしたインドがそうでした。過去には、ブラジル、アルゼンチンなども軍事目的であることを隠して再処理を研究しました。核不拡散、核テロ防止にはマイナスなのです。
ところが日本は、非核兵器保有国で唯一、商業規模の再処理プラントを持っています。軍事目的でなくても、国際的な流れに逆行しているといえます。
―現実に日本の政策は他国にも影響を与えていますか。
韓国がそうです。米国との原子力協定の改定をめぐり厳しい交渉を続けています。使用済み核燃料の貯蔵プールに余裕がないとして、日本を引き合いに再処理の容認を盛り込むよう迫っているのです。私も先月、韓国の政府関係者に呼ばれて議論しましたが、やはり「日本と同じ権利を持てないのはおかしい」と強硬に主張していました。
―米韓の交渉の見通しをどうみますか。
予断は許しません。もちろん米国は反対していますが、日本が再処理を行っている以上、強いことは言いにくい。もし韓国がかじを切れば、再処理をしようとの動きが広がるのは確実でしょう。将来、イランが後に続く可能性も否定できません。
―被爆地広島を含め、日本では再処理を核兵器廃絶を阻む問題として十分に捉えてきたとはいえません。
世界には、冷戦時代に核兵器を持つ国が軍事用に分離したプルトニウムのほか、民生用プルトニウムが250トンあります。日本の保有量は再処理を依頼した英仏での保管分を含めて45トン。長崎原爆だと5千発分以上です。建設中の再処理工場(青森県六ケ所村)が稼働すれば、さらにプルトニウムはたまります。
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―日本政府や業界は、再処理は放射性廃棄物の量を減らすことができるとしていますが。
使用済み核燃料を再処理してプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料にした場合、体積は確かに減ります。しかし、使用済みのMOX燃料は発熱量がウラン燃料の数倍にもなります。間隔を空けて処分場に置かなければなりません。取り扱いの難しさ、再処理の巨額費用や核拡散問題も合わせると利点にはなりません。
―原発の燃料プールを使用済み核燃料であふれさせないため、再処理工場に運び込む必要があるとの指摘もあります。
燃料プールの過密度は、格段に安全性を高める方法で軽減できます。原発の敷地に、水ではなく空気で冷やす構造の中間貯蔵施設を置くのです。乾式貯蔵です。中間貯蔵しながら、地下深くに使用済み核燃料を運ぶ最終処分場の場所や技術を検討すべきです。最終処分場は再処理をしていても必要な施設です。
―日本での導入状況は。
実は福島第1原発にあります。昨年の事故でも無事でしたが、4号機の燃料プールは壊滅的なダメージを受けました。日本は今こそ、すべての原発に乾式貯蔵を導入すべきです。
―日本が再処理を放棄するための鍵はどこにあると思いますか。
政府は原子力政策の根幹と位置付けていますが、ほかの国は再処理工場や高速増殖炉がなくても原発を動かしています。問題は政治的な壁です。積み上げた政策を改めるには勇気が要るかもしれません。
「原子力ムラ」に任せていては、難しい。日本は夏に向けて核燃料サイクル政策を見直す重要な時期に来ています。国民的な開かれた議論が求められます。
フランク・フォン・ヒッペル
マサチューセッツ州生まれ。英オックスフォード大で理論物理学の博士号取得。クリントン政権下の93~94年、ホワイトハウス科学技術政策局次長。16カ国の核物理学者らのグループ「国際核分裂性物質パネル(IPFM)」共同議長。核軍縮、核不拡散の強化策について提言している。祖父はノーベル物理学賞受賞後、マンハッタン計画に加わり、無警告で原爆を使用しないよう進言した故ジェームズ・フランク氏。
(2012年6月13日朝刊掲載)