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社説・コラム

視点2012 広域避難 課題浮き彫り

移動手段・対応人員 どう確保

 中国電力島根原発(松江市鹿島町)の事故を想定し、島根県などが進める30キロ圏の住民46万人の避難計画作りが正念場を迎えている。今秋を目指す完成を前に9日、全国で初めて原発30キロ圏外への避難を実施した石川、富山両県の訓練を担当者が視察。移動手段の確保や避難所での住民対応、災害弱者の保護…。国がいまだ避難の指針さえ示さぬ中、広域避難の課題が浮き彫りになった。(樋口浩二、山本洋子)

 9日午前9時半。避難所となった金沢市内の中学校に、約50キロ離れた北陸電力志賀原発(石川県志賀町)の周辺住民を乗せた大型バスが着き始めた。同7時半に原発が全電源喪失し、5キロ圏に避難指示が出て、その後30キロ圏に拡大した想定だ。

 住民は落ち着いた足取りで大きな混乱はない。だが、視察した島根県原子力安全対策課の山崎功課長は「実際はどうだろうか」と漏らした。30キロ圏の住民は石川、富山両県で約17万人だが、避難訓練に参加したのは5市4町の計2250人。訓練は、手順確認の色合いが濃かった。

交通渋滞を懸念

 島根県は輸送能力の高いバスを主な避難手段とみるが、人口約20万人の松江市で189台、9503人分。訓練でも志賀原発から10キロの石川県七尾市からバスで避難した西本初子さん(65)は「86歳の親は集合場所まで歩けない。バスも来るかどうか。車で逃げるしかない」と不安を隠さない。

 自家用車の使用を島根、石川両県は覚悟するが、福島の事故であった交通渋滞が懸念される。また空・海路でも、訓練で避難者や食糧の輸送を担ったヘリコプターと船の多くは、天候不良などで機能せず、不確定要素が鮮明になった。

 避難所での住民対応にも課題は多い。放射性物質の付着状況を調べるスクリーニングには、広島大が派遣した技師の指導の下、石川県内の病院の医師たち114人が当たった。

 だが実際の広域避難では「他県や専門機関の支援なしでは無理」(石川県)。島根県の場合、受け入れ先はより広範な中国地方4県。避難拠点は少なくとも数百カ所に上るが、人員確保の議論は始まっていない。

地域から要望を

 島根県が「一番の悩みどころ」(大国羊一危機管理監)とするのが、自力での避難が困難な社会福祉施設の入居者や在宅要介護者たちの安全確保だ。訓練に参加した志賀原発2キロの特別養護老人ホーム「はまなす園」では入居者100人に対し、職員は日中で約30人。福祉車両は十数台で、自前での一斉避難は不可能だった。「優先的なバスの手配がなければ逃げ遅れる」と高瀬清施設長。福島では、要援護者の支援計画が機能しなかっただけに、訴えは重い。

 政府対応の遅れが、避難計画の策定をさらに難航させる。原発の再稼働では、規制組織の発足を待たずに判断基準を示して推し進める一方、自治体の避難計画の根拠となる防災指針の見直しは「発足待ち」となっている。

 ただ、「原発が止まっていても放射能のリスクはある」(島根県の溝口善兵衛知事)のも事実。松江高専の浅田純作教授(災害社会工学)は「地域の実情に精通するのは県や市。計画の大枠を固めて国に要望するぐらいの危機感とスピード感を持つべきだ」と指摘する。

(2012年6月16日朝刊掲載)

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