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社説・コラム

今を読む 世界遺産総合研究所所長 古田陽久 世界遺産条約40年の節目

価値理解し さらに整備を

 ことしはユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産条約採択から40年、日本の締約から20年の節目の年である。この間、締約国は189となり、数ある国際条約の中でも認識度の高い多国間条約として成熟してきた。

 条約の目的は、世界的に「顕著な普遍的価値」を有する自然遺産や文化遺産を、人類全体の遺産として保護、保存していく国際的な協力・援助体制の確立にある。自然災害や人為災害、内戦などによる破壊、損傷から守るには世界ぐるみの連携が不可欠という考えだ。

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 世界遺産は現在153の国と地域に936件ある。6月24日からロシアのサンクトペテルブルクで開かれる第36回世界遺産委員会では、新たな世界遺産が誕生する運びだ。

 今回、日本からの登録推薦はないが、36件が候補に挙がっている。注目されるのは昨年10月にユネスコへ加盟し、12月に世界遺産条約を批准したパレスチナだろう。情勢不安の中、緊急保護を要する「イエスの生誕地・ベツレヘムの聖誕教会と巡礼の道」の審議の行方が気にかかる。

 一方、条約採択40年を迎え、世界各地で記念行事が開かれている。メーンテーマは「世界遺産と持続可能な発展・地域社会の役割」。地域が世界遺産にどう関わり、どんな役割を果たしていくべきか。国際的に議論し、11月には京都市で40年間の総括と今後の展望をまとめる最終会合が予定されている。

 日本の世界遺産は現在16件。数では世界第14位、うち3件が中国地方にある。1996年に登録された広島市の原爆ドームと廿日市市の厳島神社、2007年に登録された大田市の石見銀山遺跡である。

 原爆ドームは、経年劣化や大地震にも耐えられる保存管理が課題だろう。後背地の旧広島市民球場跡地の利用の仕方によっては、開発圧力や景観問題への対応も必要になる。

 国際平和の大切さを訴える不変のモニュメントだけに、世界遺産の登録範囲拡大を提案したい。旧広島陸軍被服支廠(ししょう)などの被爆建造物群、平和記念公園、カトリック幟町教会の世界平和記念聖堂を構成資産に加えるよう検討してはどうだろうか。原爆資料館などにある被爆資料も人類が忘れ去ってはならない記録遺産であり、ユネスコの世界記憶遺産に登録するべきだと考えている。

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 厳島神社は、廿日市市が観光友好都市提携を結んだフランスのモン・サン・ミッシェルとともに美しい世界遺産の一つとして外国人の人気も高い。古くは木造建築物群であるがゆえの火災、近年は暴風や高潮による風水害に何度も遭ってきた。地震や津波の不測の危険もあるが、火災の原因になりうる喫煙などにも一定の制限を設けるべきだろう。

 有形の厳島神社と融合した伝統的な祭礼行事も、後継者不足などで途絶えないよう保護しなければならない。平清盛が始めたとされ、旧暦6月17日に営まれる船神事の管絃祭などは文化財に指定し、保護・継承していくべきではないか。

 石見銀山遺跡も早いもので、この7月で世界遺産登録から丸5年を迎える。見た目の美しい世界遺産に比べて、なかなか魅力が伝わりにくい産業遺産である。銀採掘・生産の中心地だった銀山柵内(さくのうち)や大森、街道の鞆ケ浦道や温泉津沖泊道、国内外に銀を送りだした温泉津、鞆ケ浦、沖泊…。未公開の間歩(まぶ)(坑道)の整備や公開を含め、構成資産をつなぐ回遊性の向上が今後の課題だろう。

 これらの世界遺産に共通する課題は、登録ありきではなく、それぞれの「顕著な普遍的価値」をより完全なものにする補完的な改善措置を講じ、深化させていくことだ。それが世界遺産のある地域の持続可能な発展に結びつくはずである。

 そのためには学校教育や地域学習を通じ、地元の世界遺産の価値をよく理解することが欠かせない。住民と行政の協働も重要だ。世界遺産地にふさわしく、内外に誇れる郷土づくりの取り組みに期待したい。

世界遺産総合研究所所長 古田陽久
 51年呉市生まれ。慶応大卒業。商社勤務を経て、90年シンクタンクせとうち総合研究機構設立。「世界遺産学」を提唱し、98年世界遺産総合研究所設立。著書に「世界遺産データ・ブック」など。広島市佐伯区在住。

(2012年6月19日朝刊掲載)

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