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社説・コラム

『潮流』 新藤さんの「1日1本」

■東京支社編集部長 守田靖

 「紙と鉛筆があればシナリオは書ける」

 そう語ったのは90歳、文化勲章受章を祝う会の席だった。ユーモアたっぷりだったが、映画という巨大なメディアも1本の鉛筆と1枚の紙から生まれるという自負のようでもあった。いずれにせよ格好よかった。

 先月、100歳で亡くなった映画監督新藤兼人さんに生前、何度かお会いし、仕事ぶりを聞いたことがある。東京・赤坂のマンション暮らし。お手伝いさんが作る朝食をとった後、スニーカーを履いて散歩へ。帰宅して午前中はシナリオ書きに没頭した。

 平然と「毎日1本は書きます」。その中に遺作「一枚のハガキ」もあったに違いない。

 それから10年。今年4月、都内であった100歳の誕生会で再会した。車いすに座るのもつらそうな様子。遠巻きにしていた。ところが、あいさつを促されると「これが最後の言葉です。ありがとう。さようなら」と人を食ったような言葉で会場を喝采で包んだ。シビアだけどおちゃめな新藤節は健在だった。

 「酔った人間の役をやったら『目が酔ってない』と怒られた」「近代映画協会出身といえば、鍛え方が違う。どこでも働けた」などさまざまな逸話を聞いた。ステージでは大竹しのぶさん、豊川悦司さんら監督に心酔する俳優たちが「石内尋常高等小学校 花は散れども」に登場する校歌を肩組んで歌った。

 映画という一つの世界に全力を投じた同志たちの爽やかな「お別れ会」。配られた紅白の餅の箱には、「生きているかぎり、生きぬきたい」という監督のメッセージがあった。

 訃報はその1カ月後。ひつぎには妻の故乙羽信子さんが削った2Bの鉛筆が供えられた。きっと今もシナリオを書いているに違いない。人間や戦争を問い、「1日1本」と。

(2012年6月19日朝刊掲載)

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