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社説・コラム

『論』 原子力基本法改正 核保有の意思 疑念払え

■論説委員 金崎由美

 広島市内でこの日曜、将来のエネルギー・環境政策に関する政府の意見聴取会が開かれる。議論の軸は2030年の原発比率である。0%、15%、20~25%、の三つの選択肢は、経済産業省の有識者委員会が提示した。

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 経産省のホームページに委員会の議事録がある。読み進めながら、一部の発言に目を疑った。「核兵器を保有せずに抑止力を持つこと、原子力技術を持つこと自体、核の時代には国際的に重要だ」

 別の委員は「米元高官が『北朝鮮が核を放棄しなければ日本が核武装するぞ、と中国と北朝鮮を説得している』と言った」と明かす。そして「核武装にはいまのところ反対だが、日本がそのオプションを完全に放棄することは、北朝鮮の核保有国化を進めることになる」と続けた。

 政府の原発比率をめぐる議論に、核武装の技術として原子力を捉える認識が織り込まれていることになる。そこには、市民が無差別に犠牲となった原爆被害の教訓はみえない。外部有識者の自由な発言とはいえ、危うさを感じる。

 それだけに、先月の法改正は看過すべきでない。原子力の平和利用原則を定めた原子力基本法に「わが国の安全保障に資することを目的として」という1項が加わった問題である。今国会で成立した原子力規制委員会設置法の付則に基本法改正を記し、抱き合わせで原子力利用の「憲法」を書き換えてしまった。

 「安全保障」には国防という意味合いもある。核兵器保有の意図を疑われかねない。海外メディアは「核武装の布石とも読める」などと報じた。安全保障上の理由を盾に、原発の情報公開が制限される懸念も拭えない。

 元は自民、公明両党の案にあった一文である。与党・民主党との修正協議を経て衆院に提出された法案にも盛り込まれ、わずか5日後には参院で可決、成立した。

 一部の議員は「3党は国民的な議論をさせないため、ぎりぎりのタイミングで法案を提出してきた」と反発した。ならば、次期国会で法改正の過程を徹底検証し、原子力基本法の再改正を期すべきだ。世論の後押しも求められる。

 政府は「核不拡散や核テロ対策の観点から文言を加えた」と釈明。平和利用原則には変更がないと強調する。参院も「非核三原則や核不拡散を覆すものではない」と付帯決議し、火消しに回った。

 それでも、単なる取り越し苦労とは片づけられない。

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 日本では1960年代以降、核保有に関する政府の調査研究が秘密裏に行われた。いずれも「米国の核の傘を求める方が得策」という結論だったが、傘に頼れなくなった場合の核保有に備えることと表裏一体である。こういう発想が現在まで受け継がれていることを、有識者委は示す。

 「安全保障」をめぐる政府の釈明にも疑問符が付く。

 08年に成立した宇宙基本法は「わが国の安全保障に資するように行われなければならない」と明記した。宇宙利用に防衛目的を加える大転換だった。ことし、宇宙航空研究開発機構(JAXA)法を改正し、防衛分野の研究の道をさらに開いた。

 脱原発や原発の再稼働問題に注目が集まるほど、その陰で政府の重要決定がするりと通ってしまう。原子力基本法の改正だけではない。意見聴取会で政府は、核燃料サイクル政策を議題から外した。核兵器の材料にもなるプルトニウムをため込む是非を論じる機会は封じられた。

 核兵器廃絶という立ち位置から、具体的な問題提起をするのが報道も含めた被爆地の役割―。そう痛感している。

(2012年7月26日朝刊掲載)

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