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社説・コラム

社説 シリア内戦と化学兵器 停戦で使用と流出阻め

 内戦が泥沼化しているシリアに重大な問題が浮上した。アサド政権側による化学兵器使用の懸念だ。既に国境沿いに移動させている、との情報もある。反体制側や欧米メディアを通じて伝えられ、米政府は強く警告している。

 シリア外務省報道官が、化学兵器の貯蔵・防護を認めたのは事実のようである。しかし大量破壊兵器をめぐる情報は、米がイラク侵攻の口実にした虚報だったこともある。真偽のほどをさらに精査すべきだろう。

 シリアは中東で有数の化学兵器保有国であり、サリン、VX、イペリット(マスタードガス)といった神経ガスを大量に貯蔵していると指摘される。化学兵器禁止条約には未署名で、正確な量は分かっていない。

 しかし、万一使用すれば、無差別、広範囲に人を殺傷し、後遺症で苦しめる。1987年、イラン・イラク戦争でイラク軍がイランのクルド人地区を攻撃した惨劇を思い起こす人もいよう。被爆地の本紙は2005年、「広島世界平和ミッション」の一環として現地に赴き、後遺症対策などの現実をルポしている。

 わが国は世界でも例のない都市での化学テロ、地下鉄サリン事件を経験していることもあり、一連の報道を座視してはなるまい。シリア報道官は「国内で使用されることはない」と強調したというが、国外あるいは国境であっても、その使用は断じて認められない。

 化学兵器をめぐる危険なシナリオはいくつかあろう。まずは追い詰められたアサド政権が使用する可能性であり、政権崩壊で反米・反イスラエルのテロ組織に流出する可能性である。

 イスラム原理主義勢力が政権を握った場合も、緊張度を増すかもしれない。

 いずれにせよ危険なシナリオを打ち消すには、即時停戦・国民和解の暫定政府への移行しかなかろう。事態を悪化させたアサド大統領には任せられない。

 ところが、国連安全保障理事会は立ちつくすばかりではないか。停戦監視団は内政干渉だと反発するロシア、中国と、政権への制裁を求める米英仏が対立したままだ。監視団の派遣期間30日間延長が全会一致で決まっただけで、それも「撤退への延長」とみなすかどうか、思惑は異なっている。

 アナン前国連事務総長はかつて、停戦監視活動が失敗すれば全面内戦に陥ると警鐘を鳴らした。今やそれが現実になった。

 内戦は首都ダマスカスに波及し、政府要人らが殺害された。先週末には全土で1日に兵士・市民計302人という、昨年3月の反政府デモ開始以降で最大規模の犠牲者が出た。

 ここ数日は政権側が都市部で反撃し、反体制派が国境の検問所を制圧している。政権は弱体化しながらも戦闘機まで投入する反転攻勢を構える一方、反体制派は一枚岩ではない。

 ロシアは常任理事国の責任を自覚し、人道の危機に目をつぶってはならない。米は独自制裁に軸足を移すというが、同盟国イスラエルとシリアの対立はあおるべきではない。

 欧州連合(EU)は遅まきながら、シリアに対する武器禁輸措置の強化を決めた。国際社会は諦めず、手だてを尽くしてほしい。

(2012年7月26日朝刊掲載)

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