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社説・コラム

「原爆・平和」出版この一年 戦後日本の歩み 問い直す

 2012年夏までの1年間に出版された「原爆・平和」の書籍は、昨年から続く福島第1原発事故と向き合うことなしには語れない。原子爆弾と同じ核エネルギーを使う原発を「平和利用」として受け入れた戦後日本の歩みを問い直す論考が、積極的に展開された。被爆地広島の研究の蓄積を再評価する機運が高まり、絶版状態にあった重要文献の復刻も相次いだ。=敬称略(渡辺敬子)

核兵器と原子力

国の放射線対策に疑問

 原爆の惨禍に遭った日本、そして広島がなぜ原子力の平和利用を容認していったのか。山本昭宏「核エネルギー言説の戦後史1945―1960」(人文書院)は、被爆の記憶の痛ましさから、人々が原子力の夢へと向かった構図を示す。

 さらに、田中利幸、ピーター・カズニック「原発とヒロシマ」(岩波書店)は、被爆地をターゲットにした原子力平和利用博覧会開催などをテコに原発導入の働き掛けや、被爆者団体の受け止め方を検証する。

 武藤一羊「潜在的核保有と戦後国家」(社会評論社)は、国家安全保障とエネルギー政策という「二重の核依存」からの脱却を提言する。梅林宏道「非核兵器地帯」(岩波書店)は、北東アジア非核兵器地帯の可能性を探る。

 福間良明ら「複数の『ヒロシマ』」(青弓社)は、新聞や同人誌、漫画、映画を素材とし、被爆体験や「平和利用」がどう語られてきたのかを検証する。川村湊「原発と原爆」(河出書房新社)は、文学やアニメに描かれた核をめぐる時代精神をひもとく。

 保阪正康「日本の原爆」(新潮社)は、第2次大戦中の日本の原爆開発研究の挫折と科学者の責任を探る。山崎正勝「日本の核開発‥1939―1955」(績文堂出版)は、戦中、戦後における核エネルギーの位置付けを明らかにする。

 再び放射線被害を生み出した事態への怒り、悲しみの声も続いた。小沢節子「第五福竜丸から『3・11』後へ」(岩波書店)は、元乗組員大石又七への聞き書き。広島で被爆した医師の肥田舜太郎は「内部被曝(ひばく)」(扶桑社)で、低線量被曝の危険性を説く。

 広島市出身の竹西寛子は、男性被爆者を主人公とする表題作を収めた短編集「五十鈴川の鴨」(幻戯書房)を出した。宮川匡司編「震災後のことば」(日本経済新聞出版社)では、竹西は「被爆の事実を国の事実として、真剣に究めていたら」と事故をめぐる政府対応を批判した。

 児玉龍彦「内部被曝の真実」(幻冬舎)は、国会で放射線対策に疑問を投げかけた研究者によるスピーチ。小出裕章「原発と憲法9条」(遊絲社)は、反原発を貫く原子力の研究者の講演録だ。

 高雄きくえら「『大震災』とわたし」(ひろしま女性学研究所)は、福島へ思いを寄せる市民の寄稿集。若尾祐司ら「反核から脱原発へ」(昭和堂)は、ドイツなどヨーロッパ諸国の原子力史から新たな道を示す。

ヒロシマの蓄積

復刻次々 再評価の機運

 医療や放射線に関するヒロシマの取り組みに期待が寄せられた一年でもあった。

 武市宣雄、星正治、安井弥「放射線被曝と甲状腺がん」(溪水社)は、チェルノブイリ原発事故やセミパラチンスク核実験に伴う住民検診に基づく甲状腺がん発生に関する広島の医師の調査報告で、シリーズ第1弾となる。

 原爆症認定集団訴訟・記録集刊行委員会「原爆症認定集団訴訟たたかいの記録」(日本評論社)は、報告集と資料集の2巻構成。直野章子「被ばくと補償」(平凡社)は、広島、長崎の被爆者への援護を踏まえて、政府の原発事故被害への対応に問題提起した。

 健康被害など原爆投下の影響を調査研究した文献の復刻も相次ぐ。「原爆と広島大学―『生死の火』学術編」(広島大学出版会)は35年ぶりに復刻された。広島の大学としての調査を中心に平和教育やドーム保存論議など復興の歩みも伝わる。

 「原子爆弾災害調査報告 全5冊」(不二出版)は、日本学術会議原子爆弾災害調査報告刊行委員会が51~53年にまとめた報告書の復刻。放射線被曝者医療国際協力推進協議会は「原爆放射線の人体影響」(文光堂)を20年ぶりに改訂した。

 3・11以降を踏まえて、高橋博子「封印されたヒロシマ・ナガサキ」(凱風社)、中川保雄「放射線被曝の歴史」(明石書店)、吉岡斉「原子力の社会史」(朝日新聞出版)は改訂版が出た。

 広島花幻忌の会は、原民喜の初期作品集を出版した。被爆10年後に渡米して治療を受けた女性との対話を収めた高峰秀子「私のインタヴュー」(新潮社)も復刻された。

核時代と継承

在外被爆者 実態に迫る

 工藤洋三「米軍の写真偵察と日本空襲」は、米国立公文書館の資料研究から、原爆投下の攻撃目標の選定や損害評価に用いた写真偵察機の記録を明らかにした労作だ。

 在外被爆者の実態を掘り起こす動きも活発だった。橋本明「共に生きる ブルネイ前首相ペンギラン・ユスフと『ヒロシマ』」(財界研究所)、宇高雄志「南方特別留学生ラザクの『戦後』」(南船北馬舎)は、南方留学生として広島文理科大で学んだ人たちの被爆後を追う。平野伸人ら「台湾の被爆者たち」(長崎新聞社)は、在外被爆者を支援する市民が証言を集めた。

 高祖敏明「ルーメルファミリー回想」(学苑社)は、広島で被爆し、昨年東京で死去したドイツ出身のクラウス・ルーメル神父の追悼文集。

 都市の復興へのヒントを与える本もみられた。レム・コールハースら「プロジェクト・ジャパン メタボリズムは語る…」(平凡社)は、日本で起こった建築運動「メタボリズム」の再評価と中心的存在だった丹下健三や関係者へのインタビュー。森美術館の展覧会カタログ「メタボリズムの未来都市」は、被爆直後の広島ピースセンター構想などの資料を収める。

 泉美術館「復興の記憶 広島戦後の商業史イズミ創業50周年記念」は、焼け跡から起業した軌跡。中国新聞社「1945原爆と中国新聞」は、関係する記録から報道機関の再出発とヒロシマ報道の始まりをたどった。

 記憶の継承への取り組みも扱われた。沖縄大学地域研究所「戦争の記憶をどう継承するのか」(芙蓉書房出版)は、広島修道大、長崎大と共同開催した講座の内容と提言をまとめた。竹内久顕ら「平和教育を問い直す」(法律文化社)は、多様な切り口でその手法と課題を示す。

 子どもたちに原爆を伝える試みも展開された。アーサー・ビナード、岡倉禎志の写真絵本「さがしています」(童心社)は原爆資料館の遺品に込められた思いに向き合う。黒田征太郎、日暮真三、長友啓典の絵本「怒る犬」(岩波書店)は、動物の視点から原爆を投下した人間の愚かさを描く。楠木しげお、くまがいまちこ「平和をねがう『原爆の図』」(銀の鈴社)は、画家丸木位里、俊夫妻の生き方を伝える。

 5月急逝した碓井静照「放射能と子ども達」(ガリバープロダクツ)、両親が被爆者の岡村有人「七つの川は銀河に届け」は世界に届けようと英訳された。

(2012年8月4日朝刊掲載)

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