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社説・コラム

天風録 「戦後思想の逆転」

 今年が没後20年の松本清張に「カルネアデスの舟板」という短編がある。1957年の作。題名の由来はともかく、戦後を生き抜こうとした歴史学者の栄光と挫折がテーマだ▲戦前、身にまとっていた皇国史観をさらりと脱ぎ捨て、唯物史観を巧みに着こなして進歩派の支持を得る。ところが民主化を抑える「逆コース」があらわになると、再び保守派に同調しようともくろむ。そこから事件が起きて…▲「モデルは無いと断っておこう」と作者。終戦から10年足らずで左右に激しく揺れた時代、言説をなりわいとする文化人は身の処し方に悩んだことだろう。その後も60年安保からポスト冷戦に至るまで、世相も思潮も振り子のように行ったり来たり▲それにぶら下がってきた団塊世代の端くれとして、史観をめぐる議論はいつも気になっていた。昨今は過酷な戦争の史実を踏まえ、浮ついた復古調をたしなめる論者がまぶしい。かつては主流の進歩派を厳しく批判していただけに、説得力がある▲論争はこれからも、尽きることがなかろう。それでも共通の出発点を大切にしたい。67年前のきょうこそ、自由にものを言える時代の始まりだったのではないか。

(2012年8月15日朝刊掲載)

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