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社説・コラム

社説 8・15に考える 「不戦」の原点 忘れまい

 思えば長い歳月が流れた。おびただしい犠牲を払って先の戦争が終わり、「不戦」を誓ってから、きょうで67年になる。

 焦土と化した日本は見事に復興を遂げ、豊かな国になった。その苦難の経験と自信は、東日本大震災から立ち上がる原動力ともなっているに違いない。

 ところが、このところ中国や韓国など周辺国とぎくしゃくした応酬が目立つ。原因の一端が民主党政権にあるのは否めないだろう。あえて無用な緊張を招いているようにさえ映る。

 「政府は行使を違憲としており、現時点では解釈を変えない」。同盟国が攻撃された場合などに共同で軍事行動を取る集団的自衛権について、野田佳彦首相は先月末の衆院本会議でこう答弁した。

 一方で「さまざまな議論があってしかるべきだ」とも付け加えた。集団的自衛権の行使を認める法案を次期衆院選のマニフェストに盛り込むという自民党への配慮にも思えてくる。

 日米同盟に基づく限り、米国の軍事行動に組み込まれる懸念は常につきまとう。だからといって、きな臭い動きを日本政府が助長するようでは、平和国家の名にもとる。

 垂直離着陸輸送機MV22オスプレイへの対応もそうだ。沖縄への配備について「米国の方針であり、どうしろこうしろという話ではない」との首相発言は、国民の強い反対を無視してまでも米国に追従しようとする姿勢にしかみえない。

 さらに気掛かりなのは原子力基本法改正である。「安全保障に資することを目的として」の文言を加えた。政府は非核三原則の堅持を表明するなど火消しに躍起だが、周辺国に核武装への疑念を募らせたのは確かだ。

 今、戦争は67年前に過ぎ去った遠い昔の出来事だと言いきれるだろうか。あの痛みを忘れたかのような動きに危惧を覚えるのは、心情的に「終戦」と片付けられない人がまだまだ多いためでもある。

 東京都心から南へ約1250キロ。硫黄島では先月も炎天下、戦没日本兵の遺骨を求めて汗まみれで土を掘る人々の姿があった。厚生労働省の遺骨収集事業である。「父を連れ帰りたい」「一体でも多く」との思いを胸に、広島県も含めて高齢の遺族ら計52人が参加した。

 国交がない北朝鮮でも、遺骨の収集や遺族の墓参りの実現に向け、両国は近く公式協議を行うという。ここは膠着(こうちゃく)状態を打開してもらいたい。

 遺骨収集事業が始まってもう60年。しかし海外などでの戦没者約240万人のうち、113万体に上る遺骨が帰還していない事実を忘れるわけにはいかない。年を追うごとに埋葬地や遺骨の状態は悪くなる。帰還を願う遺族の思いに一刻も早く応えなければならない。

 そのためにも、戦場となって傷ついた近隣のアジア諸国との向き合い方が問われよう。今なお戦後補償は終わっていないとの立場をとる国や地域があることを、私たちは重く受け止めるしかないだろう。

 従軍体験がある人は80歳を超え、国民の大多数は戦争を知らない世代となった。だが危うい政治状況も思えば、記憶の風化にあらがうほかない。いま一度、体験者の話に学び、「不戦」の原点を確かめ合いたい。

(2012年8月15日朝刊掲載)

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