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社説・コラム

天風録 「密かな足音」

 おやっ、と思って振り返る。まぶしい日差しとせみ時雨ばかり。涼しげな虫の音が響いた気がしたが、空耳だったか。立秋はとうに過ぎ処暑も近いというのに、30度を超える日が続く。足音だけでも早く聞きたい▲秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる―。平安歌人が詠んだように、季節は知らぬ間にめぐり、気付いた時には身を包んでいる。自然の習いか。そういえば生き物にも、そっと近づき、潜むものがある▲まるで木の葉のようなチョウやナナフシの何と神秘的なことか。子どもの頃、夏休みに図鑑で「擬態」を知り感嘆した。身を守るための驚くべき進化。めざとい人間は戦争に応用した。軍服や兵器のカムフラージュだ▲高松市の銀行の壁に迷彩塗装が見つかった。戦時中、上空の敵機から察知されないよう、しま模様に塗料を施したらしい。戦後の上塗りで失われたが、隣接のビルを解体すると、隠れていた一部が現れた▲戦争遺跡の多くが次々に姿を消す。壁の迷彩も耐震改修を機になくなりそうだが、市民には保存を求める声がある。先人たちのつらい体験を語り継ぎたい。かすかな軍靴の足音を聞き逃さないためにも。

(2012年8月18日朝刊掲載)

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