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社説・コラム

社説 邦人ジャーナリスト死亡 人道の危機 座視するな

 日本人ジャーナリスト山本美香さんがシリア内戦の激戦地、古都アレッポで取材中に銃弾を浴びて死亡した。イラクなど紛争地帯をよく知る人。女性や子どもをはじめ戦火の中の弱者に寄り添い続け、無謀な取材スタイルではなかったという。

 シリアでは日本人以外の外国人ジャーナリストにも犠牲者・行方不明者が出ている。内戦がいかに混迷を深め、殺りくが横行しているか。日本でも衝撃をもって受け止められたはずだ。

 日本政府は在留邦人の保護に全力を挙げると同時に、山本さんの死亡について事実関係の糾明を怠ってはならない。

 シリア国民にとっては事態はさらに絶望的だろう。昨年3月以降の死者は2万人を超え、隣国への難民は15万人に迫る。国境沿いではレバノンなどを巻き込んだ交戦も伝えられる。国連の調停が行き詰まるなか、監視団の活動の端境期に、政権と反体制派のせめぎ合いが一段と激化した感がある。

 国連安全保障理事会は監視団の派遣期限を再延長しないまま、19日に解散させた。しかも活動はわずか4カ月。国連平和維持活動(PKO)の歴史に残る失策であろう。国連の存在意義さえ問われかねない。

 特使を務め、4月にいったん停戦にこぎ着けたアナン前国連事務総長も国際社会の分裂を批判し、任を辞した。PKOを熟知したノーベル平和賞受賞者であり、切り札の人選といえるはずだった。

 潘基文(バンキムン)事務総長は「シリアの暴力と苦しみを終わらせなければならない」と言明している。現在進行形の人道の危機を食い止める。その一点では各国とも異論はないはずだ。

 アナン氏の後任のブラヒミ元国連アフガニスタン特別代表は、国連PKO改革を提唱する「ブラヒミ報告」で知られるアルジェリア元外相だ。彼の就任がPKO活動立て直しのきっかけになる可能性もあろうが、ことは急がねばならない。

 政権側の兵力は温存されている。問題の化学兵器については「国内で使用することはない」と言明しているとはいえ、「外敵の侵攻」に対抗して使用される懸念は捨てきれない。

 オバマ米大統領もここにきて、化学兵器の移動や使用は「一線を越える行為だ」と警告。軍事不介入方針の見直しを辞さない考えを示した。

 大統領選を控えて消極策に終始してきた米の方針転換は歓迎したいところだが、軍事介入は望ましくない。国連PKOが行き詰まった今、化学兵器使用の抑止のためには、軍事以外の和平外交の道を探るのが超大国の選ぶべき道だろう。

 安保理ではこれまで欧米と対立するロシア・中国の拒否権行使で、対シリア制裁決議が3度にわたって否決された。安保理の合意形成の妨げが常任理事国の拒否権であることは明らかであり、いわば国連の「宿命」ともいえよう。

 しかし、ここは両国ともいったん矛を収めて国連のもとに結束し、停戦を再び実現させることができないか。ブラヒミ氏の調停工作を国際社会は挙げて支援すべきだ。

 国際世論が動き、話し合いのテーブルにつくための停戦への道が開かれる―。山本さんの遺志にこたえることになろう。

(2012年8月22日朝刊掲載)

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