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社説・コラム

天風録 「最後の映像」

 不安そうにベランダにたたずむ家族が大写しになる。近くが空爆されたというのに、逃げ場所はないのだろうか。若い男性に抱えられた赤ちゃんや、路上で手を振る子ども。ビデオカメラはとらえる。平和な日常と見まがう▲シリアで銃弾に倒れたジャーナリスト山本美香さん。最後に撮影したアレッポ市民の姿から、か弱きものに優しいまなざしを向けた彼女らしさが垣間見える。それにしても戦争と暮らしの距離が何とも近いこと。むなしさと残酷さに息をのむ▲人間が人間に武器を配り、きのうまでの隣人に銃口を向ける。究極の非日常である死と、誰もが隣り合わせる。「目撃して伝える人がいないと、状況は悪化するばかり」。そう言い残して彼女は銃弾が飛び交う地に向かった▲「人生における最大の悔恨は自分の人生を生きたいように生きなかったときに生じる」。4年前の本紙寄稿で彼女は、立花隆氏の言葉が年を重ねるごと心に鋭く突き刺さると明かしている。それがこんな結末を迎えようとは▲銃声とともに映像は途切れる。振り返って悔恨にとらわれるのも、生きていればこそ。駆け抜けた45歳の人生に、どんな言葉を掛ければいいのか。

(2012年8月23日朝刊掲載)

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