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社説・コラム

天風録 「独裁の解毒剤」

 金正日(キムジョンイル)総書記のお抱えだった板前が、民放や週刊誌で引っ張りだこだ。後継ぎの金正恩(キムジョンウン)第1書記に招かれ、歓待を受けたらしい。1度は日本に逃げ帰り、数々の秘話を公にした「裏切り者」である。にわかには真意がのみ込めない▲おうような指導者像を描くだしに使われたのか。次はないぞ、と脅しを含んでいるのかもしれない。お土産のマグロは結局、以前のように握らせてはもらえなかったようだ。「まだ執行猶予の身」との暗示にも受け取れる▲独裁者なら、たちこめる毒殺の薫りに敏感なはずだ。総書記は側近の寝返りを恐れた。板前氏は、忠誠を誓う頬へのキスを宴席でよく無理強いされたという。同じ釜の飯を食うのも日々、結束を確かめたかったのだろう▲指導者の食卓は一方で、民衆へのメッセージにもなる。一党独裁の中国を築いた毛沢東が肉食をやめたことがある。凶作で瀕死(ひんし)の人民に寄り添うふうを見せる政治宣伝ではあったが。北の供宴には、そぶりさえない▲「解毒剤」は、権力を分かつ民主主義しかあるまい。御曹司の留学先と聞くスイスは直接民主制を重んじる。板前氏の見立て通り、時代の扉が開くのか。日朝はきょう卓につく。

(2012年8月29日朝刊掲載)

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