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社説・コラム

天風録 「吉田茂のペン」

 サンフランシスコ講和条約が調印された61年前のきょう、米側は1本の米国製万年筆を用意した。だが、吉田茂首相が手にしたのは、日本から携えた別のペン。独立国の自負をにじませたのだと、評伝などに逸話がある▲別の証言も。三女の故麻生和子さんが「自分の万年筆でお書きになって」と頼んでいたそうだ。記念の品として欲しがったため。沖縄を本土から切り離し、苦難をもたらした筆でもあるのだが▲この日、吉田首相は旧日米安保条約にも署名した。やはり米側が差し出した万年筆は使わなかったが、米軍への基地提供はこれで決まった。「わが独立を守りうる国力の回復するまで…米国軍の駐在を求めざるを得ない」。首相は前日、そう演説している▲米ソ冷戦の緊張、再軍備より復興にお金を。当時は当時の事情があったろう。戦後発展を遂げ、今や防衛費も世界6位に。それでも「国力の回復」はまだらしい▲オスプレイ配備計画が日本を揺るがす。沖縄県宜野湾市であす、政府にノーを訴える県民大会が。問われるべきは、基地の街に負担を強いた61年の歳月だろう。このまま配備容認の一筆を取り付けようというのなら、認識が甘すぎる。

(2012年9月8日朝刊掲載)

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