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社説・コラム

社説 イスラム圏の反米行動 暴力の連鎖 食い止めよ

 イスラム教の預言者ムハンマドを描いた映像作品をめぐる反米抗議行動が、イスラム圏に広がっている。リビアでは米大使らを襲撃、殺害する事件が起き、その他の国々でも一部で暴徒化している。インドネシアやオーストラリアにまで飛び火し、容易には収束しそうにない。

 反米行動はイスラム教徒がモスクに集う金曜日に多発している。次は21日に合わせて再燃する可能性がある。

 アラブ諸国は市民の暴徒化、武装化を全力で食い止めるべきだ。米オバマ政権はリビア近海に駆逐艦を展開するなど強硬姿勢を見せているが、暴力に暴力、武力に武力の連鎖は正当化できない。

 くだんの映像作品は「無邪気なイスラム教徒(イノセンス・オブ・ムスリム)」と題し、米国で制作された。ムハンマドを若手俳優が演じているが、強欲で粗野、女好きな人物として描かれている。

 映像は安っぽい作りだという印象が拭えない。出演者にも内容は知らされず、撮影後にせりふが吹き替えられたとの外電報道もある。

 米国内ではほとんど反響がなかったにもかかわらず、アラビア語の吹き替え版がインターネットで一挙に広まった点は象徴的だ。国境を越えた「アラブの春」に似ているが、その変革の波が今度は反米行動に向かったのか。

 誰が何のために作ったにせよ、イスラム圏の住民が侮辱されたと受け止めてもやむを得ない。偶像崇拝禁止のためムハンマドを演じること自体もタブーだという。

 だが、リビア・ベンガジで武装集団が米領事館を重火器で攻撃し、駐リビア米大使ら4人を殺害した事件は看過できない。住民の抗議デモを隠れみのにしたテロ行為なら、「アラブの春」で示された民主化の動きに逆行するとしか言いようがないからだ。

 国際テロ組織アルカイダ系の計画的犯行かどうか諸説あるものの、リビア政権は事件の真相究明に断固たる措置を取ってほしい。自国領内で外交官に危害を加える無法を座視していては、国際社会の信頼は得られない。

 オバマ政権はリビア近海にトマホーク巡航ミサイルを搭載可能な駆逐艦を展開し、首都トリポリに海兵隊対テロ部隊を急派した。

 11月の大統領選を意識し、自国民と施設の安全を確保するための軍事行動と思えるが、踏みとどまるべきだろう。火に油を注ぎかねない。スーダンは海兵隊受け入れを拒否したという。

 過激な行動が起きているエジプト、リビア、イエメンはいずれも、「アラブの春」で政権が交代した国である。警察力の低下や軍の武器の流出に加え、かつては抑圧されていたイスラム勢力の台頭という共通項があろう。

 だが国内で統治の空白を生じているようでは、民主化の取り組みは遅れるばかりだ。

 イスラム圏の人々を含め、宗教対立を和解に導く不断の努力が大切である。歴史的にみて中東では中立の立場にある日本を含め、民主化には国際社会の支援が欠かせない。

(2012年9月17日朝刊掲載)

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