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社説・コラム

『記者縦横』 「黒い雨」援護 再構築を

■報道部 田中美千子

 広島への原爆投下直後に「黒い雨」が降ったエリアを確認するため、広島市が来年度に計画していた気象シミュレーション実験が中止されることになった。当時の気象データがそろわなかったためだ。67年前、一発の原爆がもたらした被害の実態に迫る試みは、時間の壁に阻まれる結果になった。

 黒い雨をめぐり、市は国費で健康診断を受けられる地域の拡大を目指している。2年前、住民調査を基に、その地域は現行の約6倍と結論付けた。

 厚生労働省は検討する姿勢をみせたものの、今夏、「科学的根拠がない」と断じ、拡大しないことを決めた。市は実験結果を、科学的根拠の一つとして示す狙いもあった。

 市は1975年から、黒い雨を浴びた人たちへの援護を国に求めてきた。その翌年、今の指定地域が定められた。しかし、指定地域の外で同じように黒い雨を浴び、体に不調をきたした人がいた。「黒い雨を浴びたことを認めてほしい」。地域を分断する「線引き」への怒りは、当時も今も変わらない。

 実験の断念は、科学的根拠を得るための調査の限界も浮き彫りにした。だが、これで黒い雨に関する市の取り組みが尻すぼみになってはならない。原爆の被害を訴える人がいる限り、その声に耳を傾けることは被爆地の責務だ。

 被害を訴える人たちの老いは進み、時間との競争はますます厳しくなる。市は、援護の実現に向けた手法を再構築する必要がある。

(2012年10月22日朝刊掲載)

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