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社説・コラム

『潮流』 フランスのオバマ

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長 宮崎智三

 アルレム・デジール。覚えのある人名に、20年余り前の記憶がよみがえった。1年ほどパリにいた時、テレビの討論番組などで移民をはじめとする人権擁護の論陣を張っていた。当時は「SOS人種差別」の代表。物おじしない様子が強く印象に残っている。

 1985年にパリで開いたコンサートは語り草だ。ミュージシャンや文化人たちの支援を得て40万近い人を集め、大成功。「私の仲間に手を出すな」と訴え、人の手をかたどったバッジは国中に広まっていた。

 帰国後、活動の様子をつづった著書が邦訳されたと聞き、むしゃぶりつくように読んだ。活躍を始めた80年代は移民排斥を掲げる極右の国民戦線(FN)の支持者が急増していたころ。差別におびえる弱者の確かな力となった。

 そのデジール氏が近くフランス社会党の第1書記に就任する。同党初の大統領になった故ミッテラン氏と今春就任したオランド大統領も、10年ほど務めていた要職だ。52歳。フランス初の黒人大統領になれるか。気の早い報道も見られる。

 パリ生まれだが、父は海外県マルティニクの出身。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)や画家ゴーギャンも滞在したカリブ海の小島だ。母はドイツ国境に近いアルザス地方の出身。アフリカ人の父と米国人の母を持つオバマ米大統領と似ているせいか、「フランスのオバマ」と呼ばれても不思議ではない。

 FNは今月、結成40年を迎えた。春の大統領選で過去最高の得票率を記録。国民議会(下院)選挙でも14年ぶりに議席を得て勢いに乗る。そんな折、与党社会党の第1書記になるのは何かの巡り合わせだろう。

 不景気な時は、FNのような過激な主張が支持を集めやすい。デジール氏が、弱者をどう守っていくのか。自由、平等、博愛の国の真価が問われている。

(2012年10月25日朝刊掲載)

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