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社説・コラム

社説 原子力災害対策指針 懸案先送りで済むのか

 原発事故が起きたとき、周辺住民の被曝(ひばく)をどうやって最小限に食い止めるか。東京電力の福島第1原発事故を踏まえ、原子力規制委員会はこれまでの原子力災害対策指針を見直した。

 最大の転換は災害対策重点区域の拡大だ。原発から8~10キロ圏内としてきたのを30キロ圏内まで広げる。対象の市町村は3倍の135へと広がり、関わる人口は約480万人と一挙に400万人以上増えた。

 圏内の自治体は来年3月までに、避難の段取りを盛り込んだ地域防災計画を立てる必要がある。出雲、雲南、安来と米子、境港の5市は島根原発の30キロ圏、山口県上関町は愛媛・伊方原発の30キロ圏に入る。ともに初めての計画策定に取りかかる。

 慣れないゆえの戸惑いもあるはずだ。規制委は助け舟として素案作成のマニュアルを示すという。ただし体裁だけ整えるのでは実のあるものにはなるまい。福島の事故から学び取った教訓をどれだけ織り込むかが計画の値打ちを左右する。

 その点、事故の反省が新指針に見当たらないのはどうしたことだろう。「要らぬ不安をあおる」と旧指針では避難エリアを狭く見積もってきた。発想から切り替えるには、もっと明確なメッセージを望みたい。

 指針ではまた、緊急時の環境放射線モニタリングや県境をまたぐ広域避難の在り方、国と自治体との役割分担、内部被曝を防ぐ安定ヨウ素剤の配布といった懸案はどれも先送りした。これでは手をこまぬく自治体も出てくるに違いない。

 政局のもつれから規制委の発足が遅れたとはいえ、生煮えのまま議論を急いだ感が拭えない。そもそも委員の人選自体が国会の同意を欠くなど正当性には疑念が残ったままだ。

 あまりのスピード審議に「再稼働を急ぐための露払いでは」との批判さえ聞こえる。もちろん廃炉作業の事故でも緊急避難の対応は求められる。規制委は国民に対し、真意の丁寧な説明が求められよう。

 その意味でも「国民目線」が何よりの原点でなくてはなるまい。落ち着いて、なおかつ安全に避難できる手だてをいかに講じられるか。とりわけ障害者や高齢者、病人といった災害弱者のことを見据えておくべきだ。

 いざというとき、どんな事態が身の回りで起き得るのか。どこに逃げ込めばいいか。見通しと十分な情報がなくては、心の備えも培いようがない。

 放射性物質の拡散予測が公開されたものの、想定はあくまで福島の事故相当のケース。地理条件も反映していない。原発ごとに「最悪の想定」シミュレーションも追って示すべきだ。

 一方で、被害が同心円状に及ぶ想定が現実とそぐわないことをフクシマは教えてくれた。30キロ圏の近隣にある自治体や事業所、住民も自主的に対策を考えておく必要がありそうだ。

 避難が「一時的」で済まず、古里を捨てることになりかねない。新たに島根原発の被害地元となった島根、鳥取の5市が立地地元並みの協定を望むのは無理もない。

 福島県出身の田中俊一委員長も認める通り、住民が納得できる防災計画が整わない限りは原発の再稼働や廃炉を論じる余地などない。このことはあらためて確認しておきたい。

(2012年11月1日朝刊掲載)

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