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社説・コラム

今を読む 考古学研究者 山崎やよい シリア人の挑戦

どん底でも変化願う強さ

 考古学の勉強のため1989年にシリアへ渡航して以来、人々の優しさに触れ、現地の人と結婚し、いつしか第二の祖国と思うようになった。そして20年以上、第二の都市である北部のアレッポで過ごした。

 この間、シリアは極めて「平和」で、治安の良い国だった。

 一昨年末からの「アラブの春」を受けるかのように、シリアでも昨年3月、民主化を求める動きが始まった。しかし、騒ぎ立てるほどではなかった当初の状況は、月を重ねるごとに悪化していく。

 各地での攻防が日本の新聞でも頻繁に取り上げられるようになり、昨年、事情あって帰国していた私は、収拾のつき難い状況の中、シリアに帰る時期を逸してしまった。

 その年も秋ごろになると、武力闘争が過激化する。欧米の経済制裁に伴って燃料などの不足と高騰が始まり、市民生活は圧迫され始めた。それまで比較的平穏だと言われていたアレッポでさえ極めて深刻な事態となり、治安の乱れが顕著になりだした。

 ことし2月、現地に残っていた夫が亡くなった。それは一連の騒乱とは直接の関係はなかったのだが、シリアに行く機会を私に与えてくれた。

 そこで見聞きしたのは、メディアでは伝えられない、現在起きていることに対しての人々のさまざまな感情であり、リアクションであった。

    ◇

 季節が流れ、事態は進む。市民生活は文字通り、まひした。近隣諸国への難民、そして国内難民が増え続けた。

 前者はトルコ、ヨルダン、レバノンに流れているが、後者は攻防の激しい地域から少しでもましな場所へと知己を頼って移動するほか、学校などを避難所としている。授業どころではない。断水、停電は珍しくはなく、料理をするためのプロパンガスはあれば御の字、しかも革命当初の10~15倍と法外に高い。

 シリアは「文明の十字路」と呼ばれる。世界遺産や、世界の歴史に関わる記念物を数多く有する。それは重要な観光資源でもある。

 だが、これらの破壊や侵害も日々伝えられる。中でも古アレッポ(旧市街)のスーク(市場)炎上は、文化財としての損失だけではない、取り返しのつかない損失を、人々の日常生活にも与えることになった。

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 日本や欧米の人々は専ら、政府側対反政府側との図式で事態を解釈している。メディアも「虐殺」や「爆破事件」の現場を映し出し、両勢力の非難合戦を報道する。あるいは、イスラム教急進派や外国勢力の陰謀とも言われる。

 だが国民は、これらの「解釈」を信じていない。国連やアラブ連盟による和平の「提案」にも望みなど抱いてはいない。これらは当初からあった傾向なのだが、最近は私の友人たちの中にも厭世(えんせい)観が蔓延(まんえん)し始めている。さらに、いわゆる国際社会の時間稼ぎのような無関心な様子にいら立ち、諦めてもいる。

 しかし重要なのは、それでも人々は変化を求めている、ということだ。

 既に払った代償も、これから払わなければならないであろう代価も、あまりにも重い。だが一般の市民は真の意味での戦いを続けている。非日常が日常となった今にありながら、絶望感を伝える言葉の端々には、苦しみに静かに耐えつつも、変化を期待する思いがにじむ。

 国際社会はシリアの将来は「シリアが決めること」であるとする。それはシリア人自身が一番よく認識している。主役は自分たちで、自分たちの変わりたいという思いが、この終わりの見えない苦悩に耐えさせているのだ。

 私自身も、どん底でのシリア人の強さを日々見直している。毎日伝えられる悲惨な状態が早期に収束することを心から願いつつも、シリア人のしなやかで強靭(きょうじん)な精神による挑戦は最終的に、歴史を動かすものになると信じる。

 なおこの事態を憂慮し、シリア在住経験者で立ち上げた非政府組織(NGO)「サダーカ」が、シリア難民支援活動を行っていることを、ここに付け加えたい。

考古学研究者 山崎やよい
 京都府出身。広島大大学院博士課程後期単位取得退学。89年から10年までアレッポを拠点に遺跡の発掘調査や修復活動に携わった。ことし2月、シリア人の声を伝えようとブログを始める。http://yayoi‐yamazaki.blogspot.jp

(2012年11月6日朝刊掲載)

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