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社説・コラム

『言』 なぜ「脱原発」か 食の安心 損なえば致命傷

◆JA全中副会長 村上光雄

 JAグループは先月、3年に1度の全国大会で「将来的な脱原発」を目指すことを盛り込んだ活動方針を決めた。農家に基盤を置くJAが脱原発を打ち出すのは初めてだ。全国農業協同組合中央会(JA全中)の村上光雄副会長(70)=JA広島中央会会長=に、その理由と方策を聞いた。(聞き手は論説委員・金谷明彦、写真・高橋洋史)

 ―なぜJAグループが脱原発を掲げるのですか。
 福島第1原発の事故では近くの農地が放射性物質に汚染されました。立ち入りさえできず、荒らしたままにせざるを得ない地域が多くあります。農業者は自然を相手に農産物を作っています。それがなりわいなんです。自然が破壊、汚染されると、飯の食い上げになります。

 われわれは安心・安全な食べ物を提供しようと、努めてきました。その基本の部分を消費者に納得してもらえなければ農業にとって致命傷になります。

    ◇

  ―福島県には8月、広島県内のJAなどから集まった支援隊が赴いたそうですね。
 約20人が福島市を訪れ、桃やブドウを栽培する果樹園で土壌の放射線量の測定を手伝いました。細かく調べており、気の遠くなるような作業です。支援隊に参加した職員もここまでしなければならないのかと驚き、原発事故の影響の大きさを再認識していました。

 ―脱原発に個人的な思いもお持ちと聞きました。
 私の父は被爆者で、よく体調を崩していました。広島市内の江波にいて原爆投下後、市内を歩き回ったようです。私が大学を卒業してすぐ農業を始めたのも、父の体のことがあります。

 それなのに原発は平和利用で安全なんだと信じ切っていました。福島の原発事故を見て考えが甘かったと、じくじたる思いです。事故後、脱原発をJAグループの活動方針にどうしても入れたいと働き掛け、皆さんにも賛同してもらいました。

 ―とはいえ「将来的な脱原発」という表現はあいまいな気もしますが。
 原発が立地する地域のJAもあり、ここまでグループとして踏み込んでいいのかという意見も出ました。すぐに脱原発の行動を取るのではなく、「将来的な」という形で組織全体の統一を図ったところもあります。原発についてはいろいろな意見がありますが、少なくともわれわれは身につまされています。脱原発という方向性だけは示す必要があると考えました。

    ◇

 ―では脱原発に具体的にどう取り組むのですか。
 原発に頼らなくてもいいように、地域の再生可能エネルギーをもっと活用していきます。JAグループは小水力発電に積極的に取り組んでいて、特に広島県を中心に中国地方では、全国の大半を占める37施設を運営しています。日本は水に恵まれており、使わない手はありません。中山間地域には落差の大きい適地も多い。小水力発電を増やし、その電力をハウス栽培に使い売電すれば、中山間地域の活性化にもつながります。

  ―太陽光発電の拡大もうたっていますね。
 グループはライスセンターや集荷所といった大規模な農業施設を持っています。再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度が始まり、農業施設の屋根に太陽光発電パネルを張って売電することを計画しています。JA全農が三菱商事と太陽光発電事業の新会社を設立しました。

 ―2030年代の原発ゼロを掲げる民主党政権についてはどのような評価を。
 JAグループの脱原発の方針と政治へのスタンスを結び付けて考えていません。われわれは環太平洋連携協定(TPP)に反対しています。次の総選挙では民主党、自民党という政党ありきではなく、TPP反対の立場の人たちを支持します。

  ―経済界では原発を維持すべきだとの意見が強いです。
 コストの問題が叫ばれますが、地域振興の補助金などさまざまなものを含めれば、原発の電気が本当に安いのかは不透明です。電力不足についても、本当の需要がきちんと表に出されていないと感じます。さらに使用済み核燃料の最終処理の問題も解決しておらず、未完の技術と言わざるを得ません。

むらかみ・みつお
 三次市生まれ。岡山大農学部卒。旧三和町農協監事、理事、組合長などを経て95年からJA三次の組合長を務めている。JA広島中央会では専務理事、副会長などを経て06年会長に就き、地産地消の推進や農業の次世代の担い手づくりに取り組んでいる。昨年からJA全中の副会長。

(2012年11月7日朝刊掲載)

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