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社説・コラム

『潮流』 政治と時間の「機密印」

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長 宮崎智三

 「機密印は、人類の発明した最も強力な兵器だ」

 都合の悪いことは隠そうとする政府や軍部を批判したのだろうか。原爆を開発したマンハッタン計画。そこで主導的役割を果たした米国の物理学者ハンス・ベーテ博士の言葉である。

 計画に従事していた時、同僚に語った。広島市立大広島平和研究所の高橋博子講師(米国史)が、著書「封印されたヒロシマ・ナガサキ」で引用している。

 被爆の惨状をなかったことにしたり、できるだけ小さく見せようとしたり…。機密印の話は放射線被害には常につきまとう。

 厄介なのは、押すのが政府や軍部に限らないことだ。例えば放射線を浴びた人に多い、数十年たってがんになるケース。いわば時間による「機密印」だ。動かぬ証拠を集めようとしても既に遅く、加害者は知らんぷり、被害者は泣き寝入りしてしまいがちだ。

 それだけに、隠された事実に光を当てようとする人々の存在は心強い。

 たとえば1954年の米ビキニ水爆実験の被害を追う人たちだ。高知県の元高校教師山下正寿さんと南海放送(松山市)の伊東英朗さん。丹念な調査を積み重ねた2人はこの秋、新著「核の海の証言」や、テレビ番組を基にした記録映画「放射線を浴びたX年後」で被害の詳細を報告している。

 死の灰を浴びたのは第五福竜丸だけではない。千隻もの船が被災し、乗組員の多くががんなどで死亡していた。被害を矮小(わいしょう)化しようとする日米両政府による機密印、時間による機密印を何とかはがそうとする努力には頭が下がる。

 ベーテ博士は、原爆被害が「予想よりひどかった」と、戦後は一転して核軍縮に力を注いだ。過ちを犯しても、潔く反省し、明日への行動を起こす。かくありたい、とあらためて思う。フクシマの被害に、機密印を押させないためにも。

(2012年11月22日朝刊掲載)

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