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社説・コラム

『潮流』 「009」の世界観

■論説委員 岩崎誠

 没後14年の漫画家石ノ森章太郎さんに、あらためて光が当たっている。

 かつて人気を博した「サイボーグ009」が現代版アニメ映画としてよみがえったからだ。生前の構想を生かしたという。懐かしくなって劇場に足を運んだ。

 設定は原作通り。日本、米国、ロシア、中国、フランス…。世界各地のサイボーグ戦士9人が集う。立ち向かうのは謎の同時多発テロ、という点で今の時代は映すが、伝わってくるメッセージは昔と変わらなかった。「平和のために国境や民族の壁を越えよ」と。

 「仮面ライダー」の生みの親である巨匠。反戦色の濃い「009」はなぜ生まれたのだろう。

 雑誌連載の開始は1964年。米ソが対立し、核戦争の恐怖も目の前にあった頃である。26歳だった石ノ森さんは、居ても立ってもいられない思いで構想を練ったに違いない。ベトナム戦争を現在進行形で作品の舞台にもしている。

 やがて冷戦が終わり、世界は雪解けを迎えたはずなのに紛争は絶えない。だからだろう。仕事に忙殺されても、この作品にこだわったという。生涯にわたり断続的に執筆を続け、ついに未完のままで終わる。

 そんなライフワークが注目されるのは、もう一つ理由がある。古里に近い宮城県石巻市の復興のシンボルとしてだ。「今こそみんながひとつになる時」。サイボーグたちは、ポスターなどで呼び掛けている。

 その言葉通り、膨大な原画を収める同市の「石ノ森萬画館」の復旧作業は、全国から集う若いファンたちが担ったそうだ。時代は変わっても、ヒーローたちの発信力は決して色あせていない証しだろう。

 この地球はさまざまな場所で再び緊張感が高まっている。今こそ若者と一緒に「009」の世界観に思いをめぐらしたい。きょうは太平洋戦争が始まった日。

(2012年12月8日朝刊掲載)

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